| Aki Naganuma WashingtonDC同時代記 |
長沼亜紀 naganuma_washdc@yahoo.co.jp |
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| アメリカの希望の星:オバマ上院議員(#13 4/1/2006) |
民主党の希望の星、いやアメリカの希望の星かもしれないバラク・オバマ上院議員(44)をご存知だろうか?イリノイ州選出、現在唯一の黒人上院議員で、1年生議員にも関わらず、将来の大統領候補と呼び声が高く、その一挙一動に注目が集まっている。昨年は、有力古参議員と肩を並べるほどの政治資金を集め、今年は上院倫理改革のリーダーにも抜擢された。アメリカ社会を分断している壁を超えられるかもしれない人材と、オバマへの期待は熱い。 (写真:ワシントンDCのナショナル・プレス・クラブで演説するバラク・オバマ上院議員。2005年4月26日。筆者撮影) オバマは、2004年7月ボストンで開かれた民主党大会での基調演説で鮮烈「全米デビュー」をとげた。上院議員に初挑戦したオバマは、それまでまったく無名の一地方政治家だった。彼の支持者のお気に入りのエピソードは、ホワイトハウスを訪れたイリノイ州選出の下院議員が「Support Obama!」と書かれたバッジをつけているのを見て、ブッシュ大統領が「Support Osama?」とテロ組織アルカイダのオサマ・ビン・ラディンと勘違いして目をむいたという話である。「大統領、違います。オバマです。オ・バ・マ」というと「そんな政治家は聞いたことがないなあ」とブッシュ。「大統領、すぐにあなたの彼のことをよく知るようになりますよ」と支持者たちが答え、実際にそうなったというのがオチである。 党大会でのオバマの演説は衝撃的だった。党大会では4日間にわたり昼から夜まで延々と毎日20人ほどの演説が続く。夜になってビル・クリントン前大統領やヒラリー上院議員、ジョン・エドワード副大統領候補やジョン・ケリー大統領候補が登場するまでは、いわば前座にすぎず、聴衆もまばらで盛り上がらない。オバマの演説する2日目は、特に大物の演説の予定もなく、中だるみの感があった。私は会場に隣接した記者用ファイリングセンターで、テレビ中継を見ていた。ぼんやりと画面を眺めていたら、オバマが登場したとたん、会場の雰囲気が変わったのがわかった。聴衆が耳を澄ましている。椅子に座りなおした。オバマは、少し早口だが、言葉は明瞭で、間の取り方も抜群だった。初めての大舞台とは思えない落ち着きがあり、ひとつひとつのメッセージは心に響くものがあった。「ただものではない」と鳥肌がたった。 演説の題名は「The Audacity of Hope(希望がもたらす大胆さ)」で、自らの生い立ちに触れながら理想のアメリカの実現を訴えた。(1) 「父は、ケニアの小さな村に生まれヤギを追っていた。祖父はイギリス人の召使でコックだった。しかし、祖父は息子、私の父への夢があった。父は懸命に勉強して奨学金を得、大きな希望を抱いてアメリカにやってきて母に会った。 母はまったく別世界のカンザスで生まれ育った。母の祖父は大恐慌を石油採掘場や農場で働いて切り抜け、真珠湾攻撃後戦争に行き、祖母は赤ん坊を育てながら爆弾製造工場で働いた。戦後二人はGIビルで進学し、よりよい暮らしを求めてハワイへ移り住んだ。母の祖父母も娘への夢があった。 こうしてアフリカの祖父とアメリカの祖父母の夢を受け継いだ私の両親は、愛を分かち合っていただけでなく、アメリカという国の可能性を信じる信念も分かち合っていた。彼らは、その子供に、寛容なアメリカでは名前が成功の妨げになることはないと信じて「祝福されたという意のアフリカの名前『バラク』を授けた。彼らは、アメリカでは自分の才能を発揮するために裕福でなくてもいいと信じて、自分たちは豊かではないけれど息子は最高の学校に進学することを夢みた。 二人とももう亡くなっているが、今夜、彼らは誇りを持って私も見下ろしているだろう」 オバマの人生は実際、アメリカン・ドリームそのものだ。留学生としてやってきたケニア人の父とカンザス出身の典型的な白人家庭出身の母の間に、両親が大学に通っていたハワイで生まれた。父はオバマが2歳のときに家族と別れケニアに帰国、オバマは再婚した母親とともに幼年時代をインドネシアで過ごし、10代はハワイの母方の祖父母のもとで育てられた。黒人への差別やアメリカ社会の矛盾を身を持って体験しながらコロンビア大学で学び、卒業後シカゴの貧民街でコミュニティー・オーガナイザーへ。その後チャンスをつかみハーバード大法学部に進み、弁護士になった。ハーバード時代には、権威ある学術誌「ハーバード・ロー・レビュー」の初の黒人編集長に。1996年にイリノイ州議会の上院議員に当選した。 演説では、「アメリカという国家が素晴らしいのは、摩天楼の高さや、軍隊の強さや、経済の大きさにあるのではなく、『すべての人間は平等で、自由と幸福を追求する権利がある』という建国の精神に我々が誇りの基礎を置いているにことにある」とし、職の海外流出や、最低賃金、健康保険、教育費など、格差が広がるアメリカ社会で特に中流階級以下の人々が直面している問題の解決を掲げた。 この演説で大成功を収め、一躍有名になったオバマは、2004年11月の選挙でイリノイ史上に残る70%の得票を得て圧勝。上院議員になってからは、1年間で42回もタウンミーティングを開くなど地元重視の低姿勢を維持しているが、全米メディアからのインタビュー依頼を含め、週に300件近くの講演要請が殺到するなど、注目度は高まる一方だ。政治資金集めでも群を抜いている。昨年の政治資金集めでは、1位の上院院内総務のビル・ファースト議員(共和党)、2位の元大統領候補で2008年の大統領選出馬を目指しているとされているジョン・マケイン議員(共和党)、3位の前回の民主党大統領候補だったジョン・ケリー議員(民主党)に次いで、オバマは4位に食い込み、182万ドルを集めた。(2) 3月6日付けのUSA TODAYは、オバマの強さについて、「crossover appeal」と分析している。(3)つまりオバマは、貧富、人種、イデオロギーの違い超えてあらゆる層から支持を集められる可能性があるというのである。まず、オバマの元コミュニティー・オーガナイザーの経験は、貧困層の人々を引き付けるが、ハーバード出身で「ハーバード・ロー・レビュー」編集者という輝かしいエリートとしての経歴は企業家たちも受けがいい。例えば、億万長者の投資家ウォーレン・バフェット(75)はオバマの政治団体に個人献金の上限の5千ドルを“投資”し、「私が生きているうちに、早く大統領に立候補してくれないか」と心待ちにしている。またオバマは、黒人議員コーカスのメンバーで黒人からの信頼は厚いが、同時に、伝統的価値観を持った白人からも気に入られている。ジェシー・ジャクソンのようなこれまでの黒人政治家は狭い層からしか支持を集められなかったが、オバマの支持には広がりがある。さらに、政敵の共和党員さえオバマには一目置いている。ハーバード大法学部時代の同級生で共和党全国委員長ケン・メルマンは「あんないいやつにはぜひ成功してもらいたい」といい、共和党重鎮リチャード・ルガー上院議員も「控えめで聡明だ」と称賛をおくっている。 ただし、今のところすべては順風満帆に進んでいるが、政治の世界は一寸先は闇。将来のライバルは早めに潰しておこうとする動きも徐々にでてきている。初の黒人大統領誕生への期待を背負って、足をとられずに、どこまで実績を積み重ねていけるか、オバマの挑戦は始まったばかりだ。 参考: シカゴ大学法学部アブナー・ミクバ教授へのインタビュー(2005年5月27日) ルーズベルト大学政策研究学部長ポール・グリーン教授へのインタビュー(2005年5月27日) Obama, Barack. Dreams from My Father; A Story of Race and Inheritance. New York, Three Rivers Press, 1995. (1) オバマの演説は以下のサイトで聴くことができる。 http://www.americanrhetoric.com/speeches/convention2004/barackobama2004dnc.htm (2)2006 PAC Summary of Hope Fund, Center for Responsive Politics. http://www.opensecrets.org/pacs/lookup2.asp?strId=C00409052&cycle=2006 (3)Kathy Kiely, “Democrats see Obama as face of ‘reform and change’: Junior senator poised to step into national spotlight,” USA Today, March 6, 2006. シカゴ大学法学部のアブナー・ミクバ教授へのインタビュー オバマの友人で先輩でもあるシカゴ大学のアブナー・ミクバ教授(79)から、昨年上院議員に初当選し、ワシントンでの議員活動を始動したオバマ議員の魅力と可能性について聞いた。 (聞き手:長沼亜紀、2005年5月27日シカゴ大学法学部にて) [Abner Mikva:アブナー・ミクバ シカゴ大学法学部教授。シカゴ出身で、下院議員(イリノイ州)を2期務めた後、連邦控訴裁判所(ワシントンDC)裁判官、裁判長を歴任、クリントン政権時代には大統領法律顧問(1994年10月―1995年11月)を務めた] オバマと知り合ったのはいつですか? ミクバ:私がワシントンDCの連邦控訴裁判所裁判長だったとき、ハーバード大学法学部にバラク・オバマという大変優秀な学生がいるので、判事補佐官に採用してはどうかと勧められました。聞けば「ハーバード・ロー・レビュー」編集長だという。連絡をとったのですが、オバマの返答は「NO」でした。シカゴに戻って選挙に立ちたいというのです。私はがっかりしました。それから、彼は少しナイーブだなとも思いました。シカゴはシカゴ出身者でなければ政治活動は難しい土地でしたから。ところが、2年後に彼はイリノイ州議会の上院議員に選ばれました。その後、私が大統領法律顧問を務め、シカゴ大学に教員として戻ってくると、オバマもここで教員になっていました。それで私は同僚かつ友人になり、彼の選挙を手伝うようになったのです。 オバマは政治家として何を実現したいのでしょうか? ミクバ:オバマは「政府」の役割を信頼しています。彼は、政府というものは、問題を解決するもので、コントロールしなければ何か悪いことをするものとは考えていません。人々は今、自分たちの政府に自信がありませんが、彼はそれを回復したいと考えています。税金をカットして政府が仕事をできないようにするのではなく、政府が問題を解決するために必要なものは与えるべきだと考えています。また「リベラル」という言葉をもっと受け入れられる言葉にしたいと考えています。 オバマの政治家、リーダーとしての素質をどのように見ていますか? ミクバ:彼はあらゆる面で聡明で、もし学者の道を選んだらそこでも成功したでしょう。シカゴ大学で彼は憲法学を教えていましたが、学生による教授評価では彼はいつもトップでした。しかし、彼の政治家としての才能はなかでも際立っています。彼は問題の存在を理解し、その解決策を考えることができ、しかも、とびきりチャーミングです。彼には存在感があり、人々は彼にグッと引き付けられます。選挙中、彼は有権者に「ハイ」と挨拶して通りすぎるのではなく、一人一人の問題に彼が関心を持っていることを相手にうまく伝えることに成功していました。 また、彼はよい意味での妥協のできる人物です。最近の議会でのフィルバスターのケースでは、原理原則もなく、だれもが不満の残る悪い妥協が成立しましたが、オバマは、そうではなく、原則は尊重しながら、誰にとっても得るものがある落とし所を探し出すプラグマティズムを持っています。例をあげると、イリノイ州では囚人が尋問の際に暴行を受ける事件がありました。オバマは尋問にはビデオテープ撮影を義務つける法案を提案、警察も市民の自由擁護団体も納得のできる内容をまとめて、それを成立させました。 オバマは黒人であることをどのように考えているでしょうか? ミクバ:彼は黒人のためだけに話すことはしないでしょうが、彼が唯一の黒人上院議員であることは、彼の行動に注目を集めさせる特別な力を与えています。肝心なのはそれを彼がどう利用するかでしょう。過去にも黒人政治家はいましたが、その主張が道理にかなっていなければ誰も聞こうとはしなかった。意味のある発言ができるか、オバマにとってチャンスでありチャレンジでしょう。 オバマの生い立ちは複雑です。これは政治家としての能力に影響を与えているでしょうか? ミクバ:そう思います。彼は意見の違いを調和させる力があります。例えば、こんなことがありました。イリノイ州の南部は本当に‘南部’なのです。市民権運動に反対し、黒人は愚かだと考えているような、いわゆる「レッド・ネック」の人が多い。しかし、オバマはそこへ出かけ、彼らと座って話し、自分のことを気に入らせることに成功しました。彼がカンザス出身の母親に育てられ、さらにいろいろな場所で育てられたおかげで、違った意見、見方があることを理解しているからです。オバマは、彼らの見方に必ずしも同意する訳ではありませんが、なぜ彼らがそのように考えるかはよくわかっています。オバマは週300件近くの講演依頼を受けているようですが、中には銃愛好者団体といった、リベラルな上院議員などを招待しそうもないところからも依頼があるそうです。たいしたものです。 オバマは大統領を目指しているのでしょうか? ミクバ:そう思います。彼は成功する政治家に必要な健全な野心を持っています。夜中に目を覚まして「さあ、どうやって大統領になろうか」といったギラギラしたものではなく、野心は必要なもので、それにコントロールされるのではなくコントロールするものであることを彼は理解しています。私が唯一心配しているのは、彼が周りから押されてあまりに早く大統領選に出馬することです。少なくとも2008年は待った方がいい、できれば2012年もやりすごした方がいい。彼はまだ43歳ですから。 上院議員となりましたが、大統領を目指すために今やらなければならないことは何でしょうか? ミクバ:いまは上院で実績を積むことです。彼がどんな人間なのか、アメリカ国民全体に知ってもらえるようにさまざま機会で顔を売ることです。先日、オバマはワシントンDCのナショナル・プレス・クラブ(権威あるジャーナリストの親睦団体)に招待されて講演していましたね。私は25年間ワシントンDCにいましたが、クラブに招待されたのは1度きりでしかも私のキャリアの後半でした。それをオバマは1年目にしてこなしてしまった。このような機会をどんどん捉え、支持者を広げていくことです。 ルーズベルト大学政策研究部のポール・グリーン学部長へのインタビュー シカゴ政治に詳しい、ルーズベルト大学政策研究学部のポール・グリーン学部長で、シカゴ時代のオバマ議員について聞いた。(聞き手:長沼亜紀、2005年5月27日ルーズベルト大学で) [Paul Green:ルーズベルト大学政策研究学部長。シカゴ地元のWGNラジオニュース番組のコメンテイターとしても知られている] オバマが11月の選挙で圧勝しました理由は? グリーン:驚くほどの幸運と、2000年の予備選でラッシュ下院議員(現職)に敗れた*ときにマイナスだったことが今回はすべてプラスに働いたという2つの要素のコンビネーションです。まず、対立候補はアラン・ケイスでしたが、これは極めてついていました。ケイス相手なら誰だって勝てたでしょう(笑い)。(共和党は当初、ジャック・ライアンという別の候補を擁立していたが、ライアンはセックス・スキャンダルで出馬を取り下げ、急遽担ぎ出されたのがメリーランド州在住の保守派ラジオ・トークーショーホストのケイスだった)また、2000年には、シカゴ大教授のエリートに実社会の何がわかるという雰囲気が強く、オバマは黒人コミュニティーの支持を集めることができませんでした。今回は、彼の複雑な生い立ちが象徴するものが、アメリカは人種問題を解決できると信じたい人々を捕らえ、黒人も白人も彼の支持にまわりました。そして、民主党大会での演説の成功です。無名の政治家が一夜で全米の注目を集めるスターになりました。 運の要素が強かったとすると、今後、資金集めやネットワーキングなどはうまくいくでしょうか? グリーン:オバマは何かヘマをやらかさない限り全米が注目する有名人です。民主党には、いまそれほどの有名人はいません。テッド・ケネディはもう年ですし。クリントン夫妻は桁違いですが。オバマはヒラリーをみて資金集めやネットワーキングについて学ぶでしょう。 オバマには清廉潔白なイメージがあります。政治家として成功するには、汚れた水を飲まなければならないときもあると思うのですが。 グリーン:オバマはイリノイ州議会で訓練されています。イリノイは政争の激しいところです。デニス・ハスタート下院議長も、イリノイ州議会にいたころの方がずっと苦労していました。ですから、オバマは純真無垢でなく、駆け引きというものをよく心得ています。ただ彼は策略家ではないし、そのようなことはしなくてすむかもしれません。いまのところ、彼は長いハネムーンが続いています。皿洗いも面倒なことは何もしなくてよくすべてが美しい。でもどの政治家もよいとき悪いときがあります。彼がどうのようにそれに対処するか、見物です。 オバマは大統領になれると思いますか? グリーン:可能性は無限です。2008年は念頭にないでしょう、何か大きな災難がヒラリー・クリントンに降りかからない限りは。政治の世界も、次から次へと若い女優が登場するハリウッドのようなものですから、今の勢いを維持できるかどうかはわかりません。しかし、彼はまだ若く、これから20年もあります。一番よい時を選べばよい。間違いなく大統領選に立つでしょう。日本の読者に彼の名前を覚えておくよう言っておいてください。 *オバマは2000年に下院議員選挙に出馬、予備選で民主党現職のボビー・ラッシュに敗北した。 ©Aki Naganuma. 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