ビル、講演活動により6年間で4000万ドル稼ぐ
For Clinton, new wealth in speeches; Fees in 6 years total nearly $40 million (2/23/07 WP)
ビル・クリントンが副大統領になることは合憲?違憲?(10/28/06)
もし、ヒラリーが大統領になったら、ビルはどんなFirst Gentlemanになるかはしばしば話のタネになっているが、ところでビルは副大統領にはなれるのだろうか?答えは一見、違憲に思えるが、そう簡単ではないらしい。
ややこしいが、まず大統領の資格に関する条項を整理しよう。憲法2条は35歳以上のアメリカ生まれのアメリカ市民で、14年以上アメリカに住んでいるものは大統領になる資格があるとしている。修正12項は「no person constitutionally ineligible to the office of President shall be eligible to that of Vice-president」とあり、大統領になる資格のない人は副大統領になれないとなっている。そして、修正22項は「No person shall be elected to the office of the President more than twice」として、大統領は2期までと任期制限を定めている。
さて、この3つを組み合わせると? まず修正12項は、大統領に万が一のことがあったとき、副大統領が大統領職を引き継がなければならないのである条項だ。では、もしヒラリー大統領になにかがあったらビル副大統領が大統領にならなければならない。しかし、修正22項の任期制限に反するからビルは大統領にはなれないとしたら、そのような副大統領を選んでいいのだろうか? ワシントンポスト紙のピーター・ベーカー記者が調べたところ、憲法学者、ホワイトハウス法律顧問、判事の間でも意見が分かれていることがわかった。一つは「大統領は3回選出される(elected)ことはできないが、12項は職務を果たす(serving)することは禁じていない」のでビルは副大統領になれるという意見だ。一方、修正12項は、フランクリン・ルーズベルト大統領が4選したことから、多選防止の目的で1951年に付け加えられた条項なので、そもそもの目的を酌んでビルは副大統領になれないと読むのが正しいという意見もある。
なるほど、勉強になった。それにしても、副大統領になりたいとビルは少しも思っていないだろうが、とりあえず何かと話題を提供してくれるカップルである。
参考:VP Bill? Depends on meaning of ‘elected’ (10/20/06 WP)
ヒラリーの名前は、エベレスト山初登頂に成功したエドマンド・ヒラリーが由来?NO!(10/28/06)
長らく、ヒラリーの名前は、1953年にエベレスト山初登頂に成功したエドマンド・ヒラリー(Edmund Hillary)から来ていると説明されてきた。ヒラリーは、自伝「Living History」(2003)の中では触れていないが、ビルの自伝「My Life」(2004)ではそのように説明されており、95年にエドマンド・ヒラリーに会った直後にヒラリーは「私の名前はこの有名な登山家の名前からとったと母から聞かされてきた」と話していた。しかし、ブログの世界では、エドマンドが有名になったのは1953年以降で、ヒラリー・クリントンが生まれたのは1947年なので、つじつまが合わないと話題になっており、10月16日、ヒラリーの選挙事務所の報道官は「それは娘を勇気つけようと母親が温かい気持ちから生み出した作り話」と述べた。
参考:Hillary, not as in the Mt. Everest Guy (10/28/06 NYT)
カップルとしてのクリントン夫妻 (#16 2006/7/1)
政治家のヒラリーは忙しい。もちろん元大統領で、25億ドル規模の慈善団体を運営しているビルも忙しい。だから、「ハニー、ごめんなさい。今日は夕食を一緒にとれないわ」ということがしばしば起きる。否、しばしばどころか極めて頻繁にそうなる。ではクリントン家の結婚生活は大丈夫か? 他人の私生活を詮索するのはおせっかいだが、そこはクリントン夫妻の話、気になるところだ。5月23日付けニューヨークタイムズ一面にこれについての記事が掲載され話題を呼んだ。
“For Clintons, Delicate Dance of Married and Public Lives”によると、2005年からの夫妻のスケジュールを確認した側近の計算では「月平均14日は一緒に過ごしている」のだそうだ。休日に自宅でゆっくりしたり、出張の合間をぬって少しだけ顔を会わせることもある。互いに忙しかった2005年2月は、バレンタイン・デーだけはなんとか二人の時間を作った。上院議員も元大統領もできるだけ家族の時間を大切していると周囲は強調する。ヒラリーが大統領選に出馬すれば、モニカ事件が蒸し返され、夫婦関係が取りざたされるのはほぼ避けられない。政治的野心のために取り繕った関係なのか、それともそこには危機を乗り越えた絆があるのか。
この記事のために50数人にインタビューしたというパトリック・ヒーリー記者の分析では、まず政治的には、ビルが細心の注意を払って低姿勢をとっているという。ヒラリーの演説のある日にはメディアに登場しない。社会活動もヒラリーの関心分野からは距離を置く。公の場に夫婦で登場する際も、ヒラリーが「大統領夫人」や「代理人」ではなく、国を率いる指導者として資質があること証明するため、彼女の方にスポットライトが当たるよう気を使っている。ビルは友人たちに「ヒラリーの邪魔をしないことが何よりも大切」と話しているという。
では、プライベートで二人の関係はどうなっているのだろうか?ヒーリー記者の観察では、「どんな結婚だって山あり谷あり」だ。夫妻に親しい友人は、ヒラリーが上院議員となりワシントンを拠点として政治活動に力を注ぐようになり、ビルはニューヨークの家に腰を落ち着け自伝を書くようになって、二人の間に少し距離ができたと指摘している。「ビルの世界に何かが起きたとき、少なくとも距離とスペースを持ってそれに対処できるよう、ヒラリーには彼女自身の軌道が必要」とその友人。これまでは、ビルが問題を起こしヒラリーが後片付けをする2人3脚の関係だったが、それが変化したのかもしれない。一方、民主党の資金調達者で夫妻とも親しいクリス・コージは、二人の間に以前は確かに緊張関係があったが、それがいつの間にかなくなったと話している。「ビルが新しいダイヤの指輪を買ってあげたとき、ヒラリーはすごく嬉しそうに見せびらかしていた。指輪ではなく彼が買ってくれたことが嬉しかったのだろう」。
ヒーリー記者は、2005年12月ニューヨークでの資金集めパーティのエピソードで記事を締めくくっている。ビルは、ヒラリーが議員でなければもっと二人で旅をしていろんなことを学ぶことができただろうにと思ってしまう自分を叱咤激励し、ヒラリーの政治活動を応援していると述べ、ステージに上がったヒラリーのひたいにキスをして立ち去った。ヒラリーは少し胸が詰まったように見え、「あなたがどこにいようと、いつも本当に感謝しているわ、ビル」と言ったという。
結び方はありきたりだが、記事自体はおもしろいと思った。アメリカ初の大統領を目指すヒラリーとそれを支える元大統領の関係は政治的にも興味深いし、女性として夢を追求していく中でどのようにパートナーと関係を築いていくか苦悩する姿は共感が持てた。しかし、読者からは批判が相次いだ。「彼らの結婚がうまくいっているかは個人の問題」「うわさ話ばかりの載せるタブロイドと同じだ」「結婚生活に焦点を当て攻撃するのは不公平だ」「一面にこんな記事を載せるタイムズの見識を疑う」などなど。いずれにしても、それだけこのカップルが超特大の注目度がある証拠だろう。
参考:
Patrick Healy, “For Clintons, Delicate Dance of Married and Public Lives,”
New York Times, May 23, 2006.
“The Clinton Marriage,” Letters to the Public Editor, New York Times, June 25, 2006.
Byron Calame, “Hillary and Bill: A Relationship too political to be ingored,”
New York Times, June 4, 2006.
David S. Border, “The Shadow of a Marriage,” Washington Post, May 25, 2006.
“Their Marriage isn’t the issue,” Editorial, Washington Post, June 3, 2006.
資金源をLOCK-UP(#15 2006/3/11)
ヒラリーがものすごい勢いで選挙資金を集めている。額が多いというだけでなく、民主党の有力な政治資金調達者をガッチリ囲い始めており、2008年の大統領選を目指している民主党の他の政治家たちにとっては、望ましくない展開となっている。
ヒラリーの政治資金団体はいまのところ、1710万ドル(約2億円:1ドル=120円として)を集めている。2000年の上院選挙では3000万ドルを集めたが、今回の目標は4000万ドルという。しかし、今回の選挙は、ジェニーヌ・ピロの出馬取り止め以来、共和党は今になっても有力な対立候補を立てることができずにいるためヒラリーの快勝が予測されており、ほとんど金を費やさず、大半を大統領選に回せる公算が高い。
ヒラリーの資金集めチームは、さらに金額だけでなく、選挙のたびに民主党候補のために金持ちを紹介してくれたり、パーティーを開いてくる政治資金調達者の中でも影響力のある人物たちと結びつきを強めている。最近ワシントン、ジョージタウンの民主党関係重鎮の個人宅で開かれた夕食会には、クリントン時代のホワイト・ハウス高官や、2004年のケリー&エドワード両候補陣営の財務担当者、ゲッパード元下院議員の選対副本部長などが全米から約140人が招かれた。ワインを片手にした招待客の前で、ヒラリーは、夫のビルと共に、彼女が目指す将来のアメリカのビジョンについて語ったという。出席者によると、もちろん“2008年”のことはまったく触れなかった。
ヒラリーの資金源は、「責任ある政治センター」の調べによると、法律事務所、不動産業界、医者・医療関係者となっており、またハリウッドの映画業界もヒラリーの金づるだ。しかし、他の候補者の選挙“応援”を通じて地方の政治資金調達者にも浸透しつつある。例えば、同じく民主党からの大統領選出馬を目指しているエバン・バイ上院議員の場合、現在金庫には950万ドルあるが、ヒラリーがこのまま有力資金源を固め続けた場合、予備選を始める前から資金力で差がつきすぎて、初めから「勝負あり」という事態にもなりかねない。
参考:
Raymond Hernandez, “Raising Cash Nationwide, Clinton Insists That Her Focus Is on New York,” New York Times, March 8, 2006.
Michael McAuliff, “Hillary a hit in H’wood,” New York Daily News, October 5, 2005.
Steven Weiss, “Broad Appeal: Sen. Clinton Is the Industry Favorite in Campaign
Giving,” Center for Responsive Politics, Money in Politics Vol.8, No. 18, July 13, 2005.
名演説家になれるか(#14 2006/2/18)
“演説がうまい”ことはリーダーになるための必須条件である。党首討論でチョチョッと話すだけでよい日本と違い、自らのメッセージを訴え、国民を説得するのが政治家の仕事のアメリカでは、特にこの能力が決定的だ。ビル・クリントンは聴衆を鼓舞するのが天才的にうまいが、ヒラリーが理路整然を語りかけるタイプである。1月に亡くなったマーチン・ルーサー・キング牧師の未亡人コレッタ夫人の告別式では、この二人がそれぞれ演台に立ち、スタイルの違いが浮き彫りになった。
市民権運動の象徴として多くの国民に愛されてきたコレッタ夫人の告別式には、歴代大統領を含む各界からのさまざまなゲストが参列、スピーチを行った。このうち、ビルが即興を交えながらまるで伝道師のように滑らかに語りかけると、会場は割れるような拍手に包まれ、熱狂した聴衆は総立ちとなった。一方、ヒラリーがマイクに向かい、言葉をていねいに選んだフォーマルな演説を行うと、会場は圧倒されたように静かになった。
この違いについて、自身も名演説家として知られているマリオ・クーモ元ニューヨーク州知事は、「ヒラリーは芝居のセンスがない」と批評する。ヒラリーは民主党の政治家の中では抜群に人をひきつける力があるが、ビルには及ばないというのである。ヒラリーについてよく言われているのは、綿密に準備にして論理を展開する法廷弁護士のようだという点である。(実際、彼女は腕利きの弁護士だったのだから当然といえば当然なのだが)
ケネディ大統領の補佐官でスピーチ・ライターだったセオドア・ソレンセンは、これを古代ギリシャの弁論家キケロとデモストネスを使って説明している。キケロの演説を聞いた観客は「なんて素晴らしい演説だろう」と感心し、デモストネスの演説を聞いた聴衆は「行進しよう!」と叫んだという。ソレンセンは、ビルがデモストネスタイプで、ヒラリーはキケロタイプと見る。さらに二人に個人的にも知己があるソレンセンは、「もし二人と会話をしていたとしたら、ビルは私が間違っているとうまく丸め込むことができるだろうが、ヒラリーにはできないだろう」と、二人の人を動かす力の違いを指摘する。
一方、共和党の政治コンサルタント、フランク・ランツは、「ビルは何を言うか予測が付かない。逆に、ヒラリーは演説する前から何を言うかわかってしまう」という。何か奇抜なことを言うかもしれないビルには、人々はハラハラ、ドキドキして耳を傾けるが、ヒラリーには退屈してしまうという訳だ。
では、ヒラリーはビルのきらびやかなスタイルを真似するべきなのだろうか?人々は彼女らしさを尊敬するのだから、ビルになる必要はないという声もある。「彼女の演説で一番素晴らしかったのは、知的だった点。彼女はすべての問題に知性的に理性的に当たろうとする。その点を私は高く評価している」とクーモ知事。知性でどこまで人の心を捉えられるのか、また演説スタイルはこれから変化するのか、今後はこれも注目したい。
参考:
Raymond Hernandez, “At the lectern, Critics and Admirers Agree, Hillary
Clinton Is Not Bill Clinton,” New York Times, February 13, 2006.
調子に乗りすぎた?:「下院プランテーション」発言(#13 2006/1/22)
「共和党が支配する下院は、まるでプランテーション」としたヒラリーの発言がちょっとした騒ぎになっている。1月16日、ニューヨーク市ハーレムの教会で行われたキング牧師記念行事で、ヒラリーは黒人の聴衆を前に大盛り上がりで熱のこもった演説をした。政権へ挑発的な言葉に、聴衆は大喜びしたが、共和党は怒り心頭だ。
「異なる意見は、法案を示し、議論をし、耳を傾けてもらう機会さえもらえない。」ヒラリーはこのような共和党が多数を占める下院の運営を「プランテーション」になぞらえ、さらにブッシュ政権は「史上最悪の政権の一つ」と痛烈批判した。プランテーションは、白人が黒人奴隷を使って綿花栽培などを行っていたイメージを呼び起こし、暗に奴隷所有者と共和党員を結びつける。共和党幹部やホワイトハウスは「人種カードを使うのは汚い」「行過ぎ」「謝罪すべき」と一斉に非難した。
慎重なヒラリーは普段、記者に迫られても微妙な問題への質問はかわし、大言壮語は吐かないだけに、こうした発言は珍しい。とはいえ、大学時代などを思い起こせば彼女もなかなかのアジテーターだ。行事の主催者がこちらも一流のアジテーター、アル・シャープトンだったため、感化されたのかもしれない。
ところでヒラリーの舌禍事件としては1992年の「タミー・ワイネット(Tammy Wynette)」発言がある。ビルが大統領選挙中にテレビインタビューに出演したヒラリーが、夫の浮気について問われ「タミー・ワイネットみたいに何があっても夫に従うというような女性ではありません」と答えた。ワイネットはカントリー歌手で『Stand
By Your Man』で有名。その中で詠われている保守的な女性ではなく、自分はもっと自立しているという意味での発言だったが、ワイネットが抗議して、ヒラリーが謝罪する羽目になった。もちろん、その後ヒラリーが浮気した夫をどうしたかは、誰もが知っての通りである。
参考:
Bryan Virasami and Glenn Thrush, “Martin Luther King Day Holiday Controversy;
Hillary’s Hardball,” Newsday, January 17, 2006.
Raymond Hernandez, “White House Strikes Back on ‘Plantation’ Comment,” New York Times, January 18, 2006.
つま先歩きで全国遊説(#12 2006/1/22)
2008年の大統領選挙出馬を目指す前バージニア州知事のマーク・ワーナーらが、政治資金団体を立ち上げたり、予備選の鍵を握る州を訪れ、着々と選挙準備を始めているのに対し、まずは上院選挙があるヒラリーは、静かに目立たぬように動いている。選挙区のニューヨーク州からあまりに離れすぎると、「大統領選に出るつもりなのにニューヨークを踏み台するのはけしからん」と共和党に攻撃材料を与えることになるからだ。
この数ヶ月、上院選の対抗馬だったジェニーヌ・ピロー候補が出馬を止める止めないと騒いでいる中、ヒラリーは地元ニューヨーク州での催しにこまめに顔を出す一方、ハリケーン被災地ニューオリンズやミシガン州、ケンタッキー州などを“他の民主党候補の応援”のため訪れていた。民主党きっての有名人ということで人寄せ効果は抜群で、メディアを引き連れやってきて政治資金もザクザク集まるとあって、各地方の主催者に評判がいい。もちろん、ヒラリーの方もおおっぴらにはできないものの政治ネットワーク作りに余念がない。しかし、ヒラリー陣営は、これらは大統領選と無関係としており、例えば、ニューハンプシャー州知事の応援イベントは、同州ではなくボストンで開かれる点を強調、“予備選の準備始動”などあらぬ憶測を呼ばないように注意を払っていた。
2004年大統領選で民主党のケリー候補が敗れた際、2008年大統領選のためにはヒラリーは上院議員再選を断念すべきだという声が彼女の周りであった。再選レースで資金は浪費されるし、共和党は将来の大統領候補を潰すべく全力で攻撃を仕掛けてくることが予想された。仮に再選しても大統領選の予備選までには14ヶ月しかない。しかし、ヒラリーは再選の目指す選択をした。
元クリントン大統領の政治アドバイザー、ポール・ベガラはこれを「ブッシュ大統領が1998年にテキサス州知事再選を目指したときと同じ状況」と指摘する。当時ブッシュは、有権者に大統領選に出馬するかは決めていないが今は知事に専念すると述べ再選、2年後、風が自分の方に吹いているとみて出馬を最終決断した。「ヒラリーもまだ出馬を決めてはいないだろう。賢明な政治家なら形勢を見極めようとするから」とベガラ。予備選を勝ち抜くには一般の民主党員の幅広い支持が必要で、それにはやはり全米を歩くしかない。上院の席を確保しつつ、どう全国に支持者を広げるか、つま先歩きのジャグリングはしばらく続きそうだ。
参考:
Raymond Hernandez, “Senator Clinton Makes Her Run While Tiptoeing Around
2008,” New York Times, January 18, 2006.
ヒラリーの青年時代:American Evita by Chritopher Andersenより(#11 2006/1/22)
ウェレスリー女子大は、良家の子女が通う名門中の名門で、休暇には毎年パーム・ビーチやコートダジュールなど高級リゾート地で過ごし、数ヶ国語を軽く話す、そんなお嬢様たちが集まっていた。ヒラリーの同級生には、セオドア・ルーズベルト大統領のひ孫娘や、ディーン・アチソン国務長官の孫娘などがいた。さすがのヒラリーも最初はたじろぎ、「私はここでついていけるほど頭がよくないわ」と、実家にもう帰りたいと電話している。しかし、まもなく大学に溶け込み、政治運動にエネルギーを集中するようになった。
ヒラリーは当初、共和党青年部代表として活動、ベトナムでの米軍駐留を支持していたが、2年生になって考えが変わり始め、「共和党とは考え方が合わない」と党青年部代表を辞めている。当時、ベトナム反戦運動と市民権運動が高まりを見せており、ヒラリーは高校時代に友人に「自分は誰かしら?教育や社会改革者になればいいのかしら?世間から相手にされない学者?いかさまヒッピー?温情的な厭世家?」と自分探しの手紙を書いている。彼女は、マーチン・ルーサー・キング牧師の暗殺(1968年4月4日)に衝撃を受け、大学のワシントンDCでの研修プログラムを終えたころには、政治的にリベラルに傾いていた。
卒業論文は、抵抗運動のバイブルとされている『Reveille for Radicals』の著者サウル・アレンスキーについてで、ヒラリーはA+の評価を受け、さらにアレンスキー自身から、卒業後彼の下で働かないかとの申し出を受けている。しかし、彼女は「本当に社会を変える唯一の方法は、権力を手にすること」と法学部進学を目指していた。イェールとハーバード大学の両方から合格通知を受け取り、ハーバードのある教授が「女生徒はもういらん」と言っているのを知り、イェール進学を決めたという。1969年、ヒラリーはウェレスリー女子大を、政治学部の優秀学生に選ばれ、卒業総代で卒業した。
ヒラリーは無敵?:対立候補が出馬取りやめ(#10 2005/12/30)
ニューヨーク州上院議員を目指していたジェニーヌ・ピロ共和党候補が12月21日、出馬撤回を発表した。ヒラリー潰しのために期待の新人候補として選挙戦をスタートしたが、メディア対策の失敗や資金集めで難航、わずか4ヶ月で一度も風をつかめずに失速した。経験、資金力、知名度、すべてにおいて抜群のヒラリーと互角に戦える候補を共和党がこれから探し出せるか? ヒラリーは2006年上院選挙では独走態勢に入りつつあるようだ。
「私は司法の分野で貢献すべきだと結論を出した」。54歳の地方検事は、わずか4段落の短いプレスリリースの中でこう述べ、上院議員を断念しニューヨーク州検事総長に出馬する意向を明らかにした。ピロ候補はパターキ・ニューヨーク州知事など有力共和党幹部の後押しを受けて8月出馬した。しかし、テレビ中継された出馬表明では、スピーチ原稿の順番が入れ替わっていたため32秒間沈黙してしまうなど出だしからつまずき、その後も夫のスキャンダルが繰り返し批判されるなどいいとこなし。これが響いてか、選挙資金も思うように集まらず、秋以降に共和党内からも降板を求める声が上がっており、ついに今週、州共和党幹部から「早く決断してもらわなければ党としても次の戦略が打てない」と引導を渡された。
ピロ候補の替わりとしては、元ヨンカーズ市長のジョン・スペンサーと、リチャード・ニクソンの義理の息子で弁護士のエドワード・コックスの名前が挙がっている。しかし中間選挙まで1年をきっており、これから候補者を決めて巻き返しを図るのは容易ではない。CNNは“Is
she unbeatable?”とタイトルをつけてピロ候補出馬取りやめを報じたが、状況はヒラリーに有利な方向に進んでいる。
参考:
Michael Powell and Thomas B. Edsall, “Pirro’s Challenge to Sec. Clinton Falters,” Washington Post, December 13, 2005.
Raymond Hernandes and Patric D. Healy, “Pirro Quits Senate Race to Run for Attorney General,” New York Times, December 22, 2005.
コンディvsヒラリー(#9 2005/12/23)
コ ドリーザ・ライスを2008年の共和党大統領候補に-という声がチラホラ聞かれる。民主党が元大統領夫人で上院議員のヒラリーでくるなら、共和党は前国家安全保障担当補佐官で、現在国務長官のコンディで受けて立つという訳である。コンディ自身は、今の仕事に最善を尽くすだけと、政治的野心はまったく見せていないが、本心は?USATodayの国務省担当バーバラ・スレイバン記者の記事から紹介する。
ディック・モリス(ビル・クリントンの20年来の政治アドバイザー)が最近「Condi vs. Hillary: The Next Great Presidential Race」という本を出版、その中でコンディは経歴、実績の面で申し分なく、しかもヒラリーよりも敬虔なキリスト教徒で、理想の候補者だと指摘している。だた、共和党の戦略家チャーリー・ブラックは「彼女を押す声はたくさんある」としつつも、選挙経験がないので、副大統領という可能性の方が高いとみる。
12月上旬に行われたインタビューでブッシュ政権の任期がきれる2009年以降について、コンディはスタンフォード大学に戻って学生の論文の採点をしているだろう、と答えている。コンディはもともと東欧専門家で、ブッシュ大統領の2000年の選挙を手伝うまでは、同大教授だった。コンディの長年の友人でカーネギーメロン大学教授のキロン・スキンナーは彼女が国務長官になろうとしてなったのではない点をあげ、「みんなはコンディを野心家と見るけれど、私には準備ができているから機会の方が彼女にやってくるように見える」と話している。2008年は初の女性大統領候補の一騎打ちというシナリオもあり得るかもしれない。
参考
Barbara Slavin, “Politics? Rice is focused on job she has now,” USAToday, December 2, 2005.
イラク戦争:撤退論に距離をおくヒラリー(#8 2005/12/17)
CIAリーク事件、東欧などでのCIA秘密収容所の存在の暴露、テロリスト拷問の問題などでブッシュ大統領の対テロ対策への信頼が揺らぎ、2年半以上続いているイラク戦争へも厭戦ムードが広がっている中、民主党を中心に、イラクからのアメリカ兵撤退時期明示を求める声が強まっている。しかし、ヒラリーは、安全保障・戦争の立場でイロがつかないようにこうした議論からは距離を置いている。
民主党内は現在、戦争反対派から、即時撤退を求める声、撤退時期明示を求める声、増派して戦争継続を求める声など、イラク政策をめぐって党内が割れている。安全保障問題での重鎮で退役軍人として尊敬を集めている共和党のジョン・マーサ下院議員までが6ヶ月以内の全面撤退を要請したこともあり、ブッシュ大統領は連日あちこちに遊説し、戦争継続の必要性を訴えるのに躍起だ。こうした中でヒラリーは、11月29日付け支持者宛Eメールの中で「撤退時期を決めるのはテロリストに悪用されるので反対だ」と述べた。(1)
開戦前、彼女はイラクに対して武力行使を認める決議に賛成しており、大量破壊兵器が見つからなかった後もフセイン打倒は必要だったと断固として戦争を支持する立場をとっていた。こうした姿勢は、民主党左派を失望させているが、大統領選を念頭に入れての深遠な布石と見られている。つまり、民主党は国防に弱腰であるというイメージがあり、テロの脅威を感じているアメリカ国民を説得するにはこのイメージを払拭する必要があること、また大統領は軍隊の最高司令官であり、「女性が最高司令官になれるのか」という疑問に、武力行使が必要な時には断固たる姿勢がとれることを示す狙いがあるということである。
大部分のアメリカ人は、「撤退はしたいけれど泥沼化したイラクを見捨てるのは危険」と感じ、戦争継続か撤退か難しい選択に心を決めかねている。11月11―13日に行われたギャロップ社の世論調査では54%がイラク派兵は間違いだったと感じているものの、19%が即時撤退、33%が一年以内の撤退、38%が必要なだけ駐留継続と意見が割れている。(2)撤退論にくみすれば、民主党員の支持は固められるが、世論はまだどちらに転ぶかわかならない。ヒラリーの判断は実に抜かりがない。
(1)http://www.clinton.senate.gov/issues/nationalsecurity/index.cfm?topic=iraqletter
(2)USAToday/CNN Gallup Poll, Nov. 11-13, 2005.
参考:Dan Balz, “Hillary Clinton Crafts Centrist Stance on War,” Washington Post, December 12, 2005.
中東訪問:親イスラエルシフト(#7 2005/12/11)
ヒラリーは長らくパレスチナ人に同情的で、PLOと故ヤセル・アラファト議長に強いつながりを持っていた。しかし、1999年ニューヨーク州からの上院選出馬表明後は、同地の有力なユダヤ票を意識して立場を修正、その傾向は最近さらに強まっている。11月中旬、ヒラリーはラビン首相暗殺10周年追悼のためイスラエルを訪れたが、パレスチナ自治区は訪れなかった。
1970年代、左派にパレスチナ支持者が多く、若き日のヒラリーもアラファト議長をイスラエルの抑圧者からパレスチナ人を解放しようとしている「自由の闘士」として称賛していた。(1)また、ビルが大統領になってからのクリントン家とアラファト議長やアラブ系有力者との関係は深く、アラファト議長は世界のどのリーダーよりも数多くホワイトハウスに招待されており、お礼としてクリントン家は1万2000ドル相当の金やダイヤモンドの貴金属を受け取っていたという。(2)(ヒラリーはこれらをそっと国立公文書館に寄贈して、批判されないようにした)また、アラブ系有力者たちは気前がよく、パーティを開いては、政治献金を集めてくれていた。(3)
この親パレスチナの姿勢は、ヒラリーが上院議員を目指す上でボトルネックとなった。特に1999年、大統領夫人として中東を公式訪問した際、イスラエルがパレスチナ人に“毒ガス”を使ったと演説するスーハ・アラファト夫人の横に笑顔で立ち、最後に彼女を抱きしめキスをしたことから、イスラエル支持者から猛反発をかった。ニューヨークで黒人とヒスパニックの票は固めたものの、ユダヤ・コミュニティからの支持を取り付ける必要に迫られたヒラリーは、エルサレムは「永久不可分のイスラエルの首都」と述べたり、米国大使館のテルアビブからエルサレムへの移転を支持し始めるなど、イメージ回復に躍起になった。(4)
上院議員になってからも、2002年2月のエルサレム訪問では、「この暴力の責任はアラファトにある」と批判するなど、PLOとパレスチナ自治政府に距離をおいた。その後、パレスチナ・イスラエル情勢は変化、2004年11月にはアラファト議長が死去しパレスチナ自治の先行きの不透明は増している。今回の訪問では、シャロン首相やペレス労働党党首などに会う一方、パレスチナ関係者とは一人も会わなかった。またイスラエルが建設中の分離壁も訪れ、パレスチナ側が反対しているにも関わらず、公式に建設支持を表明した。ニューヨーク・タイムズは、ヒラリーは上院選を前に、以前の過ちを繰り返さないように細心の注意を払っているようだと、伝えた。(5)
(1) Christopher Andersen, American Evita (New York: HarperCollins 2004),49.
(2) Andersen, 186.
(3) Andersen, 192-193.
(4) Michael Cooper, “Senator Clinton Visits Israel, Not Palestinian Leaders,”
New York Times, November 13, 2005.
(5) Michael Cooper, “Clintons End Their 3-Day Visit To Israel Without Any Hitches,” New York Times, November 15, 2005.
ヒラリーの幼年時代:American Evita by Chritopher Andersenより(#6 2005/12/8)
ヒラリーは1947年10月26日、シカゴで生まれた。父親はヒュー・ロドハム、母親はドロシー。その家庭環境はヒラリーの性格を考える上で非常に興味深い。ヒューは、英国ウェールズ出身の貧しい移民の子供で、フットボールの奨学金でペンシルバニア州立大を卒業、セールスマンとなり、その会社の秘書をしていたドロシーと出会い、結婚した。ドロシーも同じく貧しい家庭の出身で、8歳のときに両親が離婚、祖父母のもとで虐待を受けながら育てられた。14歳のときに住み込みのベビーシッターとなり家を出て、高校卒業後、シカゴで秘書となった。
1942年に二人が結婚してまもなく、ヒューは軍に入隊。戦争が終わり除隊、当時の住宅ブームに目を付け、カーテン小売業を始め成功する。ヒラリーが3歳のころには、両親は、1ベットルームのアパートから、裕福で保守的な白人共和党支持者ばかりが住むシカゴ郊外のリッジ・パークに引っ越した。
ヒューは保守的・厳格で専制的な父親だったようだ。ヒラリーと二人の弟に、1ヤード(約90センチ)雑草を抜くごとに1ペニー(約1円)支払い、教育上体罰は必要と考え、政治の話題で共和党支持者の彼に意義を唱えることは許さないタイプだった。一方、ドロシーは、50年代の典型的な「主婦」の役割を果たすために大学進学の夢をあきらめなければならなかった。このため彼女は、「思っていることを口にするのを恐れるという苦しみを娘には味合わせたくない。女の子だからというだけでやりたいことができないことがあってはならない」と願ってヒラリーを育てた。リッジ・パークに移ってまもなく、ヒラリーが近所の子供にいじめられて帰ってくると、「この家に弱虫の居場所はないの。叩かれたら、叩き返してきなさい」と教え、またヒラリーが7歳のときから最高裁判事を目指しなさいと言い聞かせていた。
ヒラリーは小・中学校ではもちろん優等生だった。高校でも非常に競争心が強く野心的で、当時の同級生によると「何がレジュメにいいか」をいつも気にしていたという。また、あまり自慢がすぎるので友人がたしなめても、自分が一番頭がいいと吹聴するのをやめなかったという。ヒラリーは父親に認められようと、バリー・ゴールドウォーターの「保守の良心」をむさぼり読み、また青年共和党クラブや、ゴールドウォーターの大統領選にも積極的に参加した。高校のシニアのときに初めて彼女は“The
Presidency”=シニアの級長に立候補した。しかし、男子生徒はまじめにとりあわず、あっさり落選、敗北を味わった。1965年、ヒラリーは高校を卒業、ボストン郊外にある名門女子大ウェレスリーに進学した。
独自のアジェンダが必要なヒラリー(#5 2005/11/5)
政治はアイディアの世界、大統領を目指すなら、創造的で大胆なアジェンダを提案し国家の方向性を示さなければならないが、今のヒラリーにはそれが欠けていると言われている。ビル・クリントンは「New Democrat」、G・W・ブッシュは「compassionate
conservative(思いやりのある保守主義)」という新しい指針を掲げた。「ヒラリーは?」ということである。
上院議員になって5年間ヒラリーは、膨大な法案、修正案を提出し、党派を超えた人脈を作り、地元の要望にきめ細かに対応し、着実に実績を積んでいる。しかし、いくらこまごました修正案を通しても大統領にはなれない。こうした状況を打破するため、ヒラリーは7月に民主党中道派のDLC(Democratic Leadership Council)の新プロジェクト「American Dream Initiative」の議長に就任した。一年間かけて、将来の地域や社会のあり方を示す斬新なアイディアと戦略をまとめることになっている。
ビル・クリントン路線の焼き直しでは先がないと見られている。DLCはビルが議長として「New Democrat」を打ち出し、アメリカ国民の心をつかんで躍進するきっかけをつくった組織だが、ヒラリーはビルの延長ではないということをアピールしなければならない。あるベテランの選挙戦略家は「彼女の発言には、まだビル・クリントン時代へのノスタルジアが感じられる。陣営にはあのモデルに立ち返ることが大統領への道という空気があるが、そこから脱しなければならない」と指摘している。
しかし、幅広い層にアピールする新機軸を編み出すのは簡単ではない。一枚岩になれないのが民主党だ。7月25日オハイオ州コロンバスで開催されたDLC総会で、党内の団結を訴えたヒラリーだが、「中道派に寄りすぎだ」と左派から一斉攻撃を受けた。足の引っ張り合いをやめさせ、左派、中道派をまとめ、中道右派も取り込む、そんなマジック、あるだろうか?(2005/7/25 DLC Press release, 2005/7/26 WP, 2005/7/27 WP, 2005/8/3 WP)
カテリーナとビル&ヒラリー
ブッシュ家とクリントン家のツーショットは、正直、奇異である。しかし、「カテリーナ」被災直後、G・H・ブッシュとビル・クリントンの元両大統領は仲良く並んで被災者支援の寄付を呼びかけるTV広告に登場した。ブッシュ大統領の依頼で、支援金集めのキャンペーンを率いることになったためで、これは南アジアでの津波被害支援に続いて2回目のことだ。ワシントンの政治ジャンキーによると、これはブッシュ大統領、ビル、そしてヒラリーにとって三者両得の政治パフォーマンスなのだそうだ。
ブッシュ大統領にとっては、政府、特にFEMA(Federal Emergency Management Agnecy=米連邦緊急事態管理局)の対応の遅れが集中砲火を浴びているなか、党派を超えてリーダーシップを発揮していることをアピールし、批判をかわす狙いがある。ビルにとっては、大統領終盤の傷ついたイメージを回復し、尊敬される元大統領としての地位を築くのに有効で、ヒラリーにとっては、民主党関係者によると、ブッシュの横にビルが並ぶことで、共和党員のクリントン嫌いが和らぐ効果が期待できるという。実際の効果のほどは定かではないが、それぞれの思惑という点では説得力がある解説である。
しかし、ヒラリーは政権非難を緩める兆しはない。ヒラリーは特にブッシュ政権によるFEMA予算の削減に極めて批判的である。(05/9/5 NYT)彼女は、FEMAを独立した機関に戻すことを呼びかけている。彼女はクリントン時代にFEMAに州や地方の災害救助を準備をする責任を与えたのに、ブッシュ政権がこれを拒み、国土安全保障省の一部としたことに反対している。(05/9/8 WP)
夫は資産か負債か
夫は夫人の選挙戦にどう影響するか? ヒラリーと共和党の対抗馬ジェイミー・ピロの対決で、この点がちょっとした話題になっている。ヒラリーは9月初めのニューヨーク州の祭典(State
Fair)にビル・クリントン大統領を連れて登場した。ビルは「ヒラリーに来るように言われたので来た。言われたことをやるようにしる」とおどけて見せたが、元大統領の人気はいまも健在だ。ビルとヒラリーが揃って現れると会場の盛り上がり方が違う。ヒラリーは有権者の注目を集めるのにビルを上手に使っている。
一方、ジェニーヌ・ピロは夫アルバート・ピロのスキャンダルで苦しんでいる。アルバートは共和党の有力ロビイストだが、2000年に自身の豪華なフェラーリやジェニーヌのメルセデス、ペットのブタの飼育係りの給料などを必要経費として計上し課税収入を100万ドルごまかしていたとして税金詐欺で有罪判決を受け、11ヶ月間刑務所に入っていた。また彼には不倫相手の非嫡子がおり、上院議員候補の夫として少なくともイメージ・アップに貢献しそうもない。このため、ジェニーヌの選挙対策本部は、アルバートのマスコミ露出を避けているというのがもっぱらのうわさだ。ジェイミーの選挙用ホームページには、100枚以上の本人の写真が載っているが、アルバートの写真は一枚もないほか、出馬表明後の州を一巡したツアーでも、選挙応援で夫人の横に立ったのは、最終日だけだった。
いまのところ、ジェニーヌの夫の問題は民主党にとって格好の攻撃材料だが、そこに焦点を当てすぎるといずれは逆効果になるという声もある。不倫といえば、ビルにも汚点がある。モニカ事件が蒸し返されないようにほどほどにした方がよさそうだ。(05/9/3
NY, 05/8/11 WP, 05/8/9 NYT)
石油企業を批判
大型ハリケーン「カテリーナ」のせいでメキシコ湾沿いの石油精油施設が損害を受けたことなどから、石油価格が急騰、ニューヨーカーたちの生活が直撃を受けている。ヒラリーは、「ハリケーンの直後に突然石油価格が急騰する。まるで悲劇にかこつけて金儲けをしようとしているとしか思えない」と石油企業が価格操作していると糾弾。エクソンがこの4半期に記録的な76億4000万ドルの収益を上げたことを例に上げ、「巨大石油と戦わなければ、この国はダメになってしまう」とした。 ヒラリーは、6月に成立したエネルギー法は、長期的なエネルギー問題を解決するには不十分だとして反対した。(9/3/05
WP)
“刺客”候補、ジェニーヌ・ピロ
8月8日、ニューヨーク州ウェストチェスター郡地方検事のジェニーヌ・ピロ(54)が、2006年秋の選挙でヒラリー上院議員(民主党)の再選を阻むべく、共和党からの立候補を表明した。「ヒラリーは、ニューヨークを大統領になるための踏み台にしようとしている。有権者は、片手間ではなくフルタイムで本気で仕事をする候補を選ぶべきだ」と、ピロは、早速ヒラリーにジャブを繰り出している。
ピロは、地方検事を3期務め、性犯罪、ドメスティックバイオレンスなどの犯罪を厳しく追及する検事として評判が高く、FOXニュースの法律専門コメンテイターとしてテレビにもよく出演しており、芸能雑誌「People」の美人リストに載ったほど外見も魅力的だ。当初、州地方長官や州知事選への出馬に関心を示していたが、共和党やホワイトハウスからの強い押しで、上院選に立つ決意をした。
民主党が強いニューヨークの選挙区でも、ヒラリーは人気が高く、今のところ再選は固いと見られているが、2008年の大統領選の有力候補とみられているヒラリーを無傷で再選させるわけにはいかない共和党にとって、大型の新人女性候補ピロは“ヒラリー潰し”にうってつけという訳だ。
ピロは、共和党中道派で、ヒラリーと政治的立場においてそれほど大きな違いがあるわけではない。中絶の権利、移民、銃規制は賛成、社会保障政策の民営化、同性愛結婚には反対しており、いずれもヒラリーと同じである。共和党保守派を意識してか、最近になって後期妊娠中絶への反対を明らかにした。キニピアック大学が8月初めに行った世論調査では、ヒラリーが63%、ピロが29%と、ヒラリーが圧倒的にリードしている。ヒラリーとの違いをどのように出し、どこまで有権者に食い込んでいけるか、注目される。(05/8/9
NYT, 05/8/11 WP)
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