ポトマック通信に寄せて:振り返り記録することから。 ―――ワイルスさんへの報告―――2000年12月 上野真城子 12月の東京の都心はクリスマスの飾りと人々の群れであふれ二十世紀の終りを象徴するごとく「華麗」でした。今回、私は大阪大学のNPO公開講座での講義、政策研究関連の学会で省庁再編と政策評価についてのパネル討論、世界銀行の途上国への知識移行と情報ネットワーク化に関する会議など、いくつか重なり、普段離れて暮らすことの多い夫と神戸の家でくつろぐこともあって、日本に二週間ほどの旅をして来ました。いつもながら身銭を切っての旅行なので乗り継ぎエコノミークラスですが、往復とも日本人の観光客で満席、不況とは何をいうのか本当にわからないものです。 仕事とは離れて目的はもうひとつ、東京で開かれた「国際女性戦犯法廷」を傍聴することにありました。三カ国の女性の主宰するNGOが、ラッセル法廷に範を得て、第二次世界大戦における日本軍による慰安婦制度を国際刑事法から裁く模擬法廷を12月東京で行いました。法的な拘束力を持ちませんが、国際的に第一線の検事、判事を招請し、国際法に則って日本軍の組織的戦争犯罪を証明する試みでした。元慰安婦の六十人余の女性が、韓国、北朝鮮、中国、台湾、フィリピン、インドネシアから実際にこの法廷に来ました。戦時下に14才であった少女が街で日本兵に強奪連行され、そのまま六年の歳月を異国で極めて非人間的な扱いを受け、性労働に従事させられたといった、数々の事実を自身で証言するために来ていました。この法廷は五年近くをかけて、事実の検証と近年のハーグ国際法廷の動きも含めて膨大な準備と調査がなされ、個人とボランティアの努力の上に開かれたものです。痛み疲れた小さな身体を震わせて深い傷口を語る姿とその叫びも低い語り声も深閑と心に重いものでした。多くが結婚も出来ず子供も産めず、差別と貧困の中をこの五十年余り生きてきて、今ひとりひとりと死に向かう高齢の女性たちです。私の母たちの世代です。私の人生を、私の青春を返して欲しい、日本を許せると思うか、少なくとも謝ってくれないか、そして次の世代にこの歴史の事実をきちんと伝えて欲しい、と。 日本の社会は優れた技術とものの生産によって、そしてそれを世界に売ることによって、膨大な経済成長を遂げました。そしてそれは豊かに人々に金を与えました。それがさらに社会に「安易な金」をもたらし、その金は日本人がしばらく豊かに食べて行かれるほどに貯まりました。何も本質的な生産と創造せずとも容易に金が得られる結果、人々は飢餓感を失い、努力の必要性を感ずることなく、社会が常に必要とする改革への熱望と創造力を失ってしまいました。同時に社会的公正や正義、そして自由に対する希求も失いました。安定と安全、安易な金だけが人々の関心になったようです。人類史上稀に見る豊かな社会は、しかしその中で少しずつ底から変調をきたしているように思われます。厳しい現実と向き合い、歴史をみつめること、世界を見ることなどは、いずれもしんどく面倒で、いやなことつらいことはしない、そんなことをせずとも、稼げ食べられるのだからということです。いいじゃないか、みなが楽で楽しければ。これが日本の経済成長の繁栄の齎したもののように思われます。 その中で、一部に国粋主義、面々と連なってきた日本の精神ですが、これが正々堂々と表に出てきています。元号、君が代、日の丸の法制化、教育基本法の改正の動き、さらに来年度以降、歴史教科書には慰安婦問題、南京虐殺を含めた、第二次大戦の記述が削除されます。理由は自虐的な歴史観によって愛国と誇りが失われ、日本人の自信喪失を促すからということです。このことがアジア諸国に日本への深い疑惑をもたらしていることに日本人は無頓着です。 日本の国粋主義は、軍国主義と権威主義につながり、その根底に強固な差別意識と人権への無視無知、非人道性そして非科学性を持っています。それが戦争という事態に剥き出しにされ、占領下の民族への、ことに女、子供たち、弱者への虐待となって現れた、その典型が慰安婦問題といえます。もちろんこうした戦争犯罪は日本のみの問題ではありません。しかし日本の問題はきちんと過去を振り返り、事実を踏まえて文言と金と誠意をもっての責任を明瞭にしてこなかったという歴史です。そして今また復活しつつある日本の愛国主義・国粋主義がこれまたひどく愚かしく低質であることが問題です。国際法廷の会場の周りに来た右翼団体の抗議の中身の幼児性は、あきれる以上に空寒いものでした。愛国主義も国粋主義もひとつの価値観として表現される自由があります。しかしあまりの無知において軍国主義につながることは真に危険であり、日本自身の安全にとって脅威であるのです。 ただ日本ではほとんど無視されたものの、驚くほど多数の外国メディアが報道した国際女性法廷に、ひとつの光があるように思いました。連日満席の主体は中年以降の女性たちで、熱心に通訳レシーバーを耳にする姿は私にはとても印象的でした。法廷をやり遂げたのもまた多くの優れて有能な老若合わせた日本の女性たちです。百人を超えるボランティアは若い青年男女でした。慰安婦からの問いはアジアからの問いです。これは重い問いですけれど、それに応えることは、過去のことだけでなく、二十一世紀の課題、戦争をいかに阻止し無くすことが出来るかという、人類普遍的な課題への取り組みになります。そしてこの課題を解く過程には、人類の半分を占める女性たちが政治に関わり、声を上げて行くことが不可欠であり、そして女性たちが真に力を持つことが必要です。二十一世紀は多分始めてそのことが分かる時代となるでしょう。 東京のホテル(なんとこのホテル、警察共済の持つもので、公務員の家族には安いのです!)から皇居と霞ヶ関、東京都心を見晴らす夜景は見事に美しく繁栄の都市というにふさわしくありました。この繁栄を、それがなくならないうちに、本質的なものを生み出す社会にするために使うことが大切です。日米に家族が離れて暮らす悩みをかかえつつ、日本の外で私にも少しは出来ることがあると信じて、二十一世紀への課題としようと思っています。 (アーバン・インスティテュート) |