ベトナム旅行記
遠藤十亜希
この夏、ハノイに駐在している大学時代の友人を訪ねてベトナムに初めて旅行してきました。9日間で南北5ヶ所を巡るという目まぐるしいスケジュールで、ベトナム語や現地の情報は友人に頼りっぱなしだったため、この「ベトナム体験記」は皮相的でぼんやりしたものかもしれません。ただ、ぼーっとながらも訪ねてみて初めて見えてきたベトナム像を記録してみたいと思います。 ホイアンは、中部海岸沿いにある第三の都市ダナン(「アメリカ戦争」当時米国海兵隊の総司令部が置かれたところ)から車で1時間のところにある、海外貿易で栄えた港町です。古くは中国、イスラム圏、ヒンズー圏と交易があり、地域の土を掘ると出土するイスラムの陶器やガラスの破片がホイアンの交易範囲の広さを証明しています。さらに、16世紀末から17世紀の初頭にかけては朱印船貿易などで日本人商人も数多く訪れ、居住した「らしい」。というのは、「福建人会館」「関帝廟」で民族コミュニティの形跡をしっかり残している中国人街に比べ、日本人街の面影は断片的にしか見当たらないのです。徳川幕府の鎖国政策の後、日本人の往来が途絶え、日本人居留地区も中国人地区に飲み込まれるか離散したからです。当時の面影の断片は、時々出土する有田や古伊万里の陶器、日本人名の墓石、現地の人が「日本人橋」と呼ぶ橋(どう見ても中国建築)、「伊勢商人が持ち込んだ」とまことしやかに伝えられる「カウラウ」(確かに味も形も伊勢うどん)に見ることができるでしょう。 多くの日本人旅行者はベトナムの第一印象を「懐かしい」と表現するそうですが、ホイアンは「懐かしさ」を一層感じさせてくれる街です。「カウラウ」や日本人橋に始まり、京都を連想させる町並みや家屋の造り、毎月満月の夜の赤い提灯のライトアップ(街の電灯は全て消される)などは、若い世代の旅行者たちは日本でも実際には体験したことのないもの、または、元々存在しなかったものかもしれません。でも、それさえも「懐かしい」と感じ「想像のノスタルジー」に浸れるのがホイアンの魅力です。 ホイアンから内陸に車をとばすこと1時間、ジャングルに点在するミソン遺跡は、6世紀から入ってきたヒンズー教の聖地として数多くの神殿が建てられ、崇拝された場所です。何世紀も経て、時代ごとの建築様式で寺院が次々と建てられたらしいのですが、なにせ荒廃がひどく、歴史的変遷の全体像はまだ十分にわかっていません。ベトナム戦争(当地では「アメリカ戦争」と呼ぶ)の最中、ベトコン兵士がゲリラ戦の拠点として使っていたため、米軍の空爆のターゲットになり、遺跡の多くは形をとどめません。残った建物の傷みもはげしく(熱帯気候のため草木が建物をつきぬけて育ってしまう)、遺跡の修復にあたっているユネスコのスタッフは時間、予算、気候と格闘しています。 旅の最後は南部の高原地帯にある「人口都市」ダラット。ここは仏植民地時代に、その気候の快適さ(夏の軽井沢といった涼しさ)に惚れ込んだ植民地政府が役人たちの避暑地として開発し、グエン王朝最後の皇帝バオダイも夏の宮殿を立て、第二次大戦中には日本軍も南方軍総司令部を置いたことからもわかるように、ベトナムらしくない非常に過ごしやすい気候です。地元でとれる野菜もベトナムらしくなく、イチゴ、アーティチョーク、アスパラなどフランス料理の食材が豊富です。その新鮮さ、味の鮮明さは日本の有機野菜の比ではないかもしれません。フランス植民政策の遺産はこんなところにも残っているのです。 最後に蛇足ですが、食べ物にみる「ベトナムの歴史」という点では、今回ハノイを中心にした旅行で新たな発見がいくつかありました。私は日本やアメリカでベトナム料理にはなじみがあったはずなのに、今回は初体験の食べ物にいくつか出くわしました。上記の地元料理「カウラウ」、「ブンチャー(生野菜と肉料理で食べるつけめん)」、変形「バンセオ」などです。ベトナム料理といえば「フォーボー」や「バンミー(パテサンドイッチ)」、揚げ春巻きなどですが、これらは元は南部の料理。「フォーボー」達は1975年ベトナム戦争終結で難民となった南部の人たちと共に海外に出て行き、代表的「ベトナム料理」の座を獲得しましたが、北部の料理である「ブンチャー」達は国内に置いてきぼりになったらしいのです。 1980年代に始まった経済開放政策の下、米越関係の改善、活性化が進んでいます。その二国間経済の発展に一躍買っているのが元難民の「越僑」達です。彼らのおかげで、パリやカリフォルニアのロングビーチとホーチミン市はぐんと近くなりました。しかし、越僑は過去の忌まわしい思い出である「北」との関わりを今も避けようとする傾向があるそうです。ハノイの人々もアメリカや南部の人間に対する警戒感を失ってはいません。南部だけでないベトナム社会全体が海外に開かれていかない限り、ワシントンやNYでブンチャーにお目にかかれるのもまだまだ先の話になりそうです。 筆者略歴 遠藤十亜希(えんどう とあけ) FIT-State Univ. of New York 政治学助教授。将来ハワイ移住希望 |
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