「百聞は一見に如かず:北京での生活」   河野圭子

 

2005年夏に夫の転職にともない北京にやって来た。実に様々な情報を耳にし、「一体北京はどんなところだろうか」と興味深々で北京首都国際空港に着陸した。中国語は全くの初心者であったが、漢字のお陰で難なく住居に落ち着いた。北京には1ヶ月ほど滞在した後、里帰り出産のために日本に一時帰国し、再び年末に生まれた子どもを連れて北京に戻り、中国での生活が始まった。

 北京の冬は、零下10度くらいまで下るので、本格的な活動は、春になってから開始した。まずは、中国語の語学学校に通うことにした。そこで、子供を預ける保育所を探し始めたが、こちらではアイ(阿姨:おばさん、すなわちお手伝いさん)さんを雇い、家事や子供の面倒を見てもらうのが一般的であることを知り、アイさん探しに翻弄した。アイさんの面接は中国語が多少なりとも話せる夫に通訳を頼んだが、「僕が、アイさんに手伝ってもらうわけでないので、ケイコの語学力と筆談でコミュニケーションを図れる人を選ぶべきだ」と言って取り合ってくれない。困ったなあと思いつつも、夫の意見は道理が通っているので自力で面接することにした。候補者たちの大半は日本語や英語を話さないので予想通り筆談中心の面接になった。十人十色というが、私の中国語の発音に唖然としてしまう人、筆談を始めるとそっぽを向く人がいる中、ようやく筆談やジェスチャーで意思疎通が図れる候補者が見つかったので我が家で働いてもらうことにした。こうして晴れて語学学校に通えるようになった。 初めのうちは赤ん坊をアイさんに預けることにかなりの不安があったが、日本の知人の「中国は広くて人口も多く、色んな人がいるので子供が好きで人の良さそうな人を選べば大丈夫じゃあない?」という言葉を信じて家を後にした。当初は半信半疑であったが、北京に住めば住むほどそう感じるようになってきた。

 漠然と中国は大きいと考えてしまうが、実際はどうなのであろうか。中国はアメリカ合衆国の総面積に近く、日本の約25倍の面積を持つ。中国の行政区分は北京市、上海市、天津市と、重慶市の4つの直轄地と広東省など22の省、チベット自治区など5つの自治区、計31行政区域が存在している。北京市は、日本の四国より少し小さく、人口は東京都よりやや多い。このように、一言に北京市と言ってもその規模の大きさを実感させられる。

中国と国境を接する国は、ロシア、インド、ベトナム、北朝鮮など計14カ国である。そして、中国は多民族国家で漢族(92パーセント)と少数民族(8%)の計56の民族からなる。中国の公用語は普通話(北京で話されている言葉:北京語)が公用語ではあるが、中国全土で北京語が通じるわけではなく、地方に行くと同じ漢字でも発音が全く違い、中国人同士でも話が通じないことが多いそうである。そのためか、中国全土を網羅している中央電視台(日本のNHKテレビに相当する)の人気ドラマには、画面の下側に漢字の字幕がついてくるので、北京語を話さない人でも漢字で理解できるように配慮がなされている。公用語でも通じない地域があることに驚いたが、反面方言の多い中国に感謝するような出来事にも遭遇した。北京の中国人と話していると、よく「あなたは中国人ですか?」、「あなたは香港人ですか」と聞かれるのである。始めは会話能力が上達したのだと喜んでいたが、実際には私の曖昧な普通話の発音から、北京人たちは私が中国の地方から来た人だろうということで前述のような質問をすることがわかった。今でも北京語が通じない中国人同士が意思疎通を図る際、漢字による筆談が用いられているそうである。そこで、私も郷に入っては郷に従えでいつも紙と鉛筆を持って出歩いている。

私が北京市内を出歩く時は、公共バスを利用している。バスの路線地図を購入し、乗り換え場所がわかれば大抵の所は行けてしまう。2階建てバスも頻繁に走っている。バス停には時刻表は無い代わりに、停車するバスの路線番号、運行時間(始発と終発時刻)、そのバスが停車する全ての停留所が書かれている。幹線を走るバスは、頻繁にやってくるので、時刻表が無くてもそれほど苦にならない。料金は、乗車距離や空調の有無よっても違ってくるが1元(約16円)から6元ぐらいなので庶民の移動手段として重要な地位を占めている。通常、バスは運転手の他に車掌が乗務している。車掌は、バス停に着くと窓から顔を出して「・・番、・・行きのバスです!」と叫んでいる。一度に数台のバスが連なってやって来るので、即座にバス番号を確認し、目的のバスの車掌に手を振るなど乗車意思を伝えるようにしている。

バスの中には優先座席も設けてあるが、若い人が座っていることが多い。しかし、高齢者、妊婦、子ずれの親が乗ってくると、若い人は即座に席を譲っている。私が赤ん坊を連れてバスに乗るときも必ず席を譲って貰えるのである。多くの人が騒然と動いている北京でこのような光景を目にするとホッとさせられる。

バスから降りて市内を歩いていると「・・百貨」、「・・公司」、「・・体育場」など漢字が目に入ってくるので何となく日本にいるように感じてしまう。最近では外資系の会社が北京にどんどん進出していることも相俟って生活に不便を感じることはほとんどない。

こうして北京市街を見ていると、2008年のオリンピック開催の準備で北京市全体が躍動しているように感じられる。百聞は一見に如かずとは、よく言ったもので私の見た北京は、一言で表現できない魅力的なところである。

 

〜筆者の簡単な略歴〜

ワシントン大学病院経営修士過程卒業、アメリカACHE認定病院経営士
主な著作「病院の外側から見たアメリカの医療システム」、「医療改革と統合ヘルスケアネットワーク」など。

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