音楽と私

ヒラー麻理子


筆者と友人のヴィクトリア、ピアノデュオ


私の音楽との出会いは生まれてからすぐです。両親は音楽が大好きでした。父は会社のコーラスで歌い、ピアノは独学、クラシックのレコードを沢山集めていました。母も歌が大好きで、弟と私をオーケストラのコンサートに連れて行ってくれました。私は5歳のときからピアノを習わせてもらいました。

それほど一生懸命練習した方ではないのですが、なんとなく高校二年までピアノは止めませんでした。しかし音大に行く気はまったくありませんでした。そのころ私が好きだったのはロック音楽とテニスで、何時間も硬い曲や練習曲を練習するなどとても考えられませんでした。なんとなくイギリスに住みたいな、という甘い考えで大学では英米文学を専攻しました。そして大学二年の夏のバックパックのヨーロッパの旅の後、私の心は完全に日本を離れてしまいました。

外国人のための日本語教師養成学校で資格を取ったり、あれこれどうしたら日本を出られるかと考えているとき、アメリカ人のオーケストラのベース奏者と知り合いました。お堅いクラシックの音楽家とは掛け離れた面白い人で、私はクラシック音楽にどんどんのめりこんでいきました。彼と結婚してからアリゾナの大学でピアノを習いました。教授は私の個性に合ったレパートリーを選んでくれて、テクニックばかりでなく音楽的なことをとてもよく教えてくださったおかげで、私はとても意欲がわき、ものすごい勢いで練習に励みました。その大学でヨーロッパに行ったときからの憧れだったパイプオルガンも習いました。ピアノ曲はショパンが一番好きですが、オルガン曲はやはりバッハ。没頭して練習していると時間が経つのも忘れてしまいます。

子育てに追われながらもピアノの演奏会は必ず一年に一度は企画し、教会のオルガニスト、ピアノ教師、そして伴奏の仕事もしました。主人は面白い人でしたが、面白すぎて羽目をはずしてばかりで、残念ながら結婚は失敗でした。自分で生計を立てるため大学に戻り、音楽教師の資格を取りました。歌を習ったり、コーラスで歌ったり、バイオリン、オーボエ、ファゴット、ギター、打楽器、指揮、作曲、編曲の授業を受けたり、挙句の果てにはタップダンス、演劇部で舞台装置を作るクラスまで取りました。教員試験には英語でかなり苦労しましたが、ようやくバージニアの免許が取れ、フェアファックス地区の小学校の仕事につきました。忙しさのあまりピアノの練習時間がないと嘆くこともしばしばでしたが、英語力はかなり上がったし、色々な楽器を学んだり、コーラスで歌ったり、オーケストラで弾いたりしたことによって音楽の幅がかなり広がり,かえってそれが私のピアノの演奏にもプラスになりました。

セントパトリック教会の音楽監督の仕事が入ったのは約十年前。とてもすばらし環境です。牧師さんがピアニストになりたかったというぐらいの音楽好きで、私がコンサートシリーズを始めたいと提案したらすぐに賛成してくれました。教会の信者さんの中からグランドピアノの寄付があり、シリーズが始まりました。予算があまりない中、演奏に来てくださる音楽家は、お金の額にかかわらず弾くのが好きでたまらないと言う演奏家が中心です。そして音響や雰囲気がいいこと、ワインとチーズのレセプションが良かったことなどから又是非弾きたいと申し出てくれます。私自身も弾きたいので, ピアノトリオ、そして二台のピアノの演奏など、自分の弾く機会も作っています。

又、七年前から他の小さい教会の聖歌隊と一緒にコンサートを企画しています。今までフォーレとモーツアルトのレクイエム、メサイヤ、ハイドンの創造、バッハのカンタータなど小オーケストラを編成して演奏しました。少ない予算でオーケストラを編成するのは大変で、上手な高校生達にも頼みました。学生達も聖歌隊のメンバーも良い経験だったと言ってくれます。私も指揮をしたりピアノ協奏曲を弾いたり聖歌隊で歌ったりして楽しんでいます。


私の音楽室。一年生と一緒に。

教師の仕事はこれで九年目です。私の教えている小学校の生徒の半分以上が無料で給食の支給をうけるほど低収入の家庭の子供で、人種は白人が三分の一ぐらい、あと黒人、南米系、そして少数のアジア系の生徒たちです。音楽の個人レッスンを受けている子はほとんどいなく、私が教えなかったら、ベートーベンのべの字も知らない子供たちがほとんどでしょう。そういう子達に音楽を教えていくのは大変な挑戦でもありますが、楽しく歌を歌ったり、ダンスをしたり、名曲を聴いて喜んでいるのを見ると、何か世の中のためにいいことをしているような気がします。今の世の中、自分の幸せばかり考えて優しさを忘れがちな人が増えています。私は音楽の授業の中で優しさを強調しています。又作曲家や様々な国の音楽、そして歌の歌詞など、楽しく教えて楽しく学べるよう色々と新しい教材も作っています。考えてみれば音楽って音を楽しむと書くのだから、楽しく教えて楽しく学んでもらったら最高ですよね。

父を癌で亡くしてから20年、母を脳内出血で突然亡くしてから約三年経ちました。元気な両親だったので、こんなに早く逝かれるとは思いもよりませんでした。特に母ととても仲が良かったので逝かれてしまってからかなり落ち込みました。然し幸いにもいい人にめぐり合えて最近再婚しました。彼は私のやっていることをとても協力的に応援してくれて、私の人生は何倍も楽しくなりました。週末はスイングダンスパーテイや、ケネディーセンターのコンサートに一緒に行くのが楽しみです。両親には逝かれてしまいましたが、音楽が大好きだった親の心は私の心の中に強く生きています。そして、いろいろな人の心が音楽の楽しみに触れるようにする、それが私の生きがいです。


主人のジョーとスイングダンスのポーズ!

 

ヒラー麻理子(Hiller Mariko) :東京に生まれ新潟で育つ。新潟中央高等学校卒業。立教大学英米文学科卒業。アリゾナ大学でピアノとパイプオルガンを勉強。バージニア州のジョージメイソン大学の音楽教育科卒業。現在セントパトリック・エピスコパル教会の音楽監督。ウッドローン小学校の音楽教師。

コンサートシリーズのウエブサイト:www.odeonchambermusicseries.org


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