アメリカ・日本・韓国を結ぶ賑やか家族

奥田輝子

家族団欒というテーマで書いて下さいと頼まれたとき「家族とはなんだろう?」と改めて考えさせられた。東京には年に1度ぐらいしか会えない私の6人の兄と姉とその家族達がいるが、「遠い親戚より近くの他人」のことわざにもあるとおり、私達にはこの地でめぐり合えた様々な「新しい家族」と呼べる人々との交流がある。

引っ越して来て間もない頃ワシントン東京婦人会で知り合った、ヘレンとジョー夫妻のご家族とは家族ぐるみの長いお付き合いがあった。近所だったこともあり、4月のイースター、11月のサンクスギビング、12月のクリスマスには3人の息子さんのご家族やその友達も加え、ヘレンの心のこもった美味しい手料理で私達親子3人も家庭的な雰囲気でもてなしていただいた。家を購入した際には、ジョーにペンキやブラシの選び方から塗り方まで教わり、ジョニーにはトヨタの赤いピックアップトラックでクリスマスツリーを買いに連れて行ってもらったこともある。幼かった息子がこの信仰心の深く、人を温かく受け入れる家族の皆さんの人柄に教えられたものは計り知れない。今でも我が家のホリデイ・ディナーはヘレンのレシピによるもの。ご両親が亡なくなるまで手厚く看護された心根の優しい、真面目人間の末息子ジョニーの婚約者に最近紹介されたが、久しぶりで懐かしい顔ぶれが揃っていた。

もう一組のご家族は、近年忙しい仕事の合間に毎週といってよいほどサンデー・ブランチに招待してくれる、近所に住む博美・ブレント夫妻である。‘ブランチ・バンチ’と博美さんがユーモラスに呼んでいる仲間の10人前後の顔ぶれは大体決まっていて、2週間も会わないとお互いに懐かしくなるのは、彼女の作る美味しいお料理のせいだけではない。博美さんとは10年来の友達だが、抜群の記憶力で披露する彼女の英語のジョークには誰もが笑わされる。会話が面白いだけでなく、何しろ親身で、やさしい心配りがある。博美さんは会議通訳が専門で文字通り世界中を飛び回っている・・・とすぐ自慢する私はまるで親の気分。初めてブレントを紹介されたときも親の目で厳しく?夫と共に品定めをした事を今でも二人に笑われてしまう。

 

そして、私達にはニューヨーク(NY)に住む息子の家族がいる。

(双子の孫出産前後の手伝いを頼まれ長逗留していた際、NYから出した手紙のひとつをここに引用させていただく)

『4ヶ月前から始まった息子夫婦との同居生活もめでたく終わりに近づき、いよいよ来週の火曜日に我が家に帰ることになった。超きれい好きのヘミとのコンビも我ながら良く続いたものだと感心している。孫は可愛いが、やはり祖母として好きな時に出没できるほうが良いに決まっている。夫と二人だけの‘我がまま生活’に戻れるので正直言ってほっとする。予定より早く帰れるきっかけとなったのは、思いがけず生後3ヶ月から入れる適当な託児所が見つかったからである。正に天の恵みとしか言いようがない。乳児8人1クラスで3人の保母さんが付くそう。お食事の時間、お昼寝の時間、お遊び?の時間と音楽、読書など情操教育らしきこともやるそうな。朝7時から夕方5時半まで預かってくれ、お値段は二人目は割引で月謝は1800ドル。共働きでこそ支払える額である。「子供を預けてまで働かなくとも・・・」の一言はここアメリカでは禁句なのです。 今晩はヘミのご両親キム夫妻、弟のウイリーとガールフレンドのシェラが夕食に来た。時々バージニア州から訪れる夫と双子の赤ちゃんを含め総勢10人の大家族となる。アメリカに移ってから30年、親子3人でスタートした我が家もなんとも賑やかになった。息子が手際よく骨付きのラムのバーべキューを外のグリルで美味しく焼き、夫が用意した100%シラーズのオーストラリアの赤ワインが良く合った。明日はヘミのご両親のお宅で韓国料理をご馳走になる。滞在中に代表的な料理をいくつか教わった。ビビンバ、キムチチゲ、プルコギ、チジミ、サムゲタン、チャプチエなどがそれである。主婦としての年輪を感じさせるキム夫人の作る白菜のキムチは実に美味しい。医大教授のキム氏もアメリカ生活が長いだけあって、バーべキューだけはお手のものである。私もスーパー・ミツワまで買出しに行き、滞在中に何度か日本食を用意し、キム夫人とレシピを交換した。』

 

あれから1年半になろうとしている。私はケアファンドのボランティアと、リタイヤ後に夫と習い始めた社交ダンスと、たまの旅行を楽しんでいる。双子の孫達は19ヶ月、お陰で元気に育っている。私達もたまに泊りに行くが、最近は電話口で歌ってくれるようにもなり、楽しみが増えた。保育園への毎日の出迎えはご近所に住むヘミの両親と息子夫婦が交代でやっているが、孫達が流行の風邪などもらって来て頻繁に休むので、見かねたヘミの母親が最近早期退職してくれた。音大を出ているキム夫人はその内、孫達にピアノを教えてくれるそうな。私達はこの夫婦には足を向けては寝られない気持ちでいる。ヘミの両親が海外旅行の際はヘミの弟と婚約者がバトンタッチしてくれる。その二人も4月には結婚にこぎつける。奥田・キム家の家族団欒も益々賑やかになって行くことであろう。こうして日本と韓国の家族を持つ孫たちが新しいアメリカの将来の一端を担って行くわけである。 (完)

 

筆者略歴

青山学院大卒。参議院議員秘書を経て結婚。1977年家族とともに渡米。その後画廊勤務、日本にアメリカ作家の展示会を持っていくアートプロモーターを経て、1995年ジョージタウンに現代アジア美術の画廊を開き、多くの日本人画家を紹介した。2002年に退職し、2006年より非営利団体ケアファンド会長。

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