還暦直後障害者になった私―快適な居住を求めて―
若杉 幸子
1、快適な居住を求めて 2004年右脳幹の血管腫摘出手術により還暦直後に半身不随の車椅子の身障者になった。リハビリ専門病院に転院して3ヵ月後に出された『リハビリ実施計画書』で「リハビリゴールは車椅子」という診断=宣告を受け、身体障害者と知的障害者が共同生活する「生活ホーム」の施策を捜し求めたが、結論的には身障者が居住する場がないことを知り、バリアフリー仕様の母のマンションにとりあえず間借りすることに決めて退院したその日から快適に居住できるように入院中に次のことを準備した。 まず、退院後の経済的負担を軽減するための公的支援を検討して、支援の基になる身体障害者手帳を取得、医療費軽減あるいは無料となる心身障害者医療費受給者証を取得、生活費に当てる障害者年金を申請、退院後の生活全般をサポートする介護保険を申請した。次に、住戸内での車椅子生活を安全かつ快適にするバリアフリー化などの住宅改善としつらえを整えた。最後は、加齢に従って弱体化する身体状況を維持しながら住戸内での自立した生活を持続させる方策として、身障者のための通所リハビリ施設を入院中に見学し、ヒアリングを経て『待ち』の予約を取った。(利用の許可が出たのは退院8ヶ月後であった。) 2005年2月下旬リハビリ専門病院を退院し、その後数ヶ月自立生活の可能性を試した。毎日の生活の中で自立できる行為は、就寝、起床、着替え、洗面、食事、シャワーなどであるが、家事全般が自立できない。このままでは自分の手足を使って健常者と同様に家事全般を行うことは難しいので、しくみをつくって人を頼み、他者の援助を前提に『家事のマネージメント(家庭管理)』に徹することで、健常者に近い家事全般をこなすことを試みた。この中の食事づくりのしくみは私が子育て期に行った方法を応用したものであるが、これらに基づき洗濯・掃除、食材の購入や下処理などを行うヘルパー派遣を週3日依頼する『週間サービス計画』を立てた。そしてこのようすると、食べて、寝て、トイレに行き、身体を清潔に保つ程度の最低限の生活は概ね自立できることが判った。 また、私が一人暮らしを始めて数ヵ月後、私の入院中妹の所にいた95歳になる母が、自宅に戻り、身障者の娘と認知症の母との同居生活が始まった。人を頼むことで生活が成り立つ状況では機敏な対応や夜間の対応は難しいが、それ以外は健常な息子や娘や嫁等に劣らず対応できること、障害者の私が母の介護者として成り立つことが判った。なお、現在は、将来認知症が進行することを考慮してグループホームに申し込み、待機している。
2、安全な移動に向けて 居住しているマンションの住戸内はバリアフリーで自立した生活が一定程度可能であるが、住戸と玄関ドア及び共用廊下とエレベーターホールなど共用部分のバリアフリーが不完全なため、介助者なしでは住戸の外に出ることはできず、住戸に閉じ込められた状態になる。住戸を一歩外に出るためには、断続的ではあるが介助者が必要になる。移動に対する支援は介護保険制度で2つ(通院時の『乗降介助』付き介護タクシーの利用と介護度3以上で利用できる『通院介助』)、福祉分野で3つ(タクシー券の利用と『身体障害者程度等級』の二級程度で利用できる『外出介護の援助』という人的支援と障害児(者)生活サポート事業の中の『一時預かり、送迎、外出援助などのサービス』)あるが、私の場合、現況の両制度では通院時の『乗降介助』を除き外出のための援助や支援が受けられない。そのため、「退院以降今日まで2年近いが、通院以外外出していない。」と言っても過言ではない。 また、民間分譲マンションの共用部分や両制度の改善に期待できないことを前提に快適な居住を求め続けるためには、介助者なしで自力で外出できるようにするという自助努力が現状で考えられる唯一の方策であると考えた私は、福祉分野のデイサービスの機能訓練に期待したが、実施1年後自立支援法が施行されて、送迎が中止になり、機能訓練が中断されたことで、自力で現状を改善するというこの方策も厳しいことを知った。
3、まとめに代えて 移動が難しい車椅子生活者に対しては、自助努力で行う機能訓練を生涯持続させることを支援することと移動における支援は必要である。現況の福祉の分野では『社会生活上不可欠な外出及び余暇活動等の社会参加のための外出』をする際の『移動介護』の施策が設けられ、身体障害者の場合、その対象は『身体障害者程度等級』に基づいて『屋外の移動に著しい制限がある視覚障害者又は全身性障害者』と定められて、極めて限られている。今後は、より多くの身体障害者がその機会を平等かつ公平に得られるよう、期待したい。
若杉幸子:1944年東京都江東区深川木場生まれ、地域生活研究者。1977年以降コミュニティ建設計画への住民参加、マンション建設反対運動、集合住宅の建て替えにおける居住者運動等を支援。2004年右脳幹の血管腫摘出手術により身体障害者となる。日本女子大学卒、千葉大学大学院、東京大学大学院修了、工学博士。 筆者の関連著書: 4月に2年間の生活記録(A5判にして150ページ程)をホームページに公開中 http://www.geocities.jp/swakasugi2007 |
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