書評

“Mirror for Americans: Japan” (アメリカの鏡・日本)

ヘレン・ミアーズ著

 

ワイルス 蓉子

 

「70%の日本人が東京裁判を知らない」という日本の新聞記事を読み、日本全土を焦土にし、多くの国民の運命を変えた戦争が、もう歴史のなかでも語られることがなくなったのかと落ち込んだ。 そのとき、友達から「ワイルスさん、この本をお読みください。 戦争体験者の貴女でしたら、いろいろ感想がおありでしょう。」と渡されたのが、この本である。これがアメリカで出版されたのは1948年(昭和23年)で、日本はまだアメリカ軍の占領下であった。 翻訳家の原桃代氏が、著者ヘレン・ミアーズ氏より原著の寄贈をうけ、日本での翻訳出版の許可を得た。しかし、占領下の日本では、この本の出版に対して連合国総司令部(GHQ)の許可を得なければならなかった。そして、翻訳出版は許可されなかった。1951年(昭和26年)、サンフランシスコにおいて日米講和会議が開かれ、ソ連を除く連合国と日本が講和条約に署名した。連合国軍による占領は終了し、日本は再び独立国になった。そして1953年、原氏は「アメリカの反省」と題して、この本の翻訳を出版することが出来た。しかし、なぜか当時はあまり注目されなかったとのことである。

ヘレン・ミアーズ氏は、メリーランド州のガウチャー女子大学卒業後、1925年に友人の誘いで中国の京北に一年間ほど滞在し、その間、日本を訪れた。 帰国後、ジャーナリストとして活躍し、結婚したが、3年後に離婚した。そして、1935年に再び訪日し、一年間、日本の庶民の生活習慣から神道まで学んだ。1936年、フォーチュン誌の「日本特集」の編集長となり、日本専門家として全米の注目を集めた。戦時中、彼女はミシガン大学やノースウェスタン大学の陸軍省の占領地政策講座で講義し、日本占領に備える要員の養成に携わった。終戦翌年の1946年2月、連合国総司令部 (GHQ)に設置された労働局諮問委員会の11人のメンバーの一人として来日し、労働組合法等の策定に参加した。 帰国後1948年、GHQの内部情報に基づいて書かれたのがこの著書である。

この本は2005年5月、毎日新聞ジュネーブ支局長、パリ支局長、学芸部長、出版局次長、英文局長を歴任された伊藤延司氏の訳によって出版された。伊藤氏によると、1993年暮れ、アイネックス社長の白子英城氏から知人を通じ、「かつてマッカーサーが日本での出版を禁じた本があるのだが、どんな内容か読んでみてほしい」と依頼されたことが、この訳書が再び世に出る端緒となったとのことである。 白子氏は近代・現代史に興味をもち、独学されているビジネスマンだ。同氏が近代・現代史に興味を抱くようになったのは、いまだに解き得ない疑問があったからだそうだ。それは、日本が戦争を始めた理由は、「日本は侵略者だった」という単純なことだったのであろうかという疑問であった。白子氏がこの疑問をアメリカにいる友人に話したとき、友人が教えてくれたのがこの本だったのである。しかし、すでに絶版になっていたため、アメリカの古書探しの専門機関に依頼し、ようやく入手したのが1993年とのことである。 白子氏の手元に届いたのは奇しくも12月8日、日本海軍が52年前に真珠湾を攻撃した日だった。

ミアーズ氏は、1931年に起こった満州事変(筆者注:当時、中国東北地区には“緑林”と呼ばれる匪賊が割拠していた。日本は匪賊を討伐して東北地区の安定をはかるという理由で派兵した)にさかのぼって、「日本だけが果たして侵略国だったのか」と疑問を投じている。民主主義諸国がアジアにおける不平等条約と治外法権を破棄しなかったため、日本の中国東北地区(満州)への進出を強く止められなかったのだと指摘している。改めて当時のアジア地図を見ると、フィリピンはアメリカ、インドネシアはオランダ、インドシナ(ベトナム、ラオス、カンボジア)はフランス、韓国と台湾は日本の殖民地だった。 そして、パキスタン、インド、ビルマ、シンガポール、ボルネオ、マレーシア、香港は全て英国の植民地であった。実際、東南アジアでの唯一の独立国は、昔から王制のある泰国(タイ)だけだった。日本は1932年、清朝最後の皇帝、宣統帝溥儀を擁して、中国東北地区に満州国を設立した。中国(当時は支那とよばれていた)は国際連盟に「日本の侵略」として提訴した。国際連盟から派遣された調査団は、「これは明らかに日本の中国に対する侵略であり、満州国を承認することを認めてはならない」という報告書を提出した。アジアにおける自国の権益は絶対に放さない欧米諸国が、日本を侵略国と非難したのである。日本は国際連盟を脱退した。それから、欧米諸国の日本に対する経済封鎖は厳しくなった。ミアーズ氏は、「日本を侵略国と批判する欧米諸国も同罪である」と批判している。まさにその通りで、日本も欧米諸国と同じように侵略国だったのである。アメリカの日本占領政策を批判しているこの著書を、日本のアジア侵略の免罪符にしてはならないと思う。ここで特に述べたいのは、私が子どものときに住む機会があった満州国は、決して当時のスローガンのような『五族協和、王道楽土』の土地ではなかった。満州国は明らかに日本の権益のみを目的に建てられた国であった。この著書を日本のアジア諸国に対する侵略の免罪符にしてはならないと思う。

彼女は連合国の占領政策も厳しく批判している。言論、宗教、思想の自由を掲げる民主主義国家のアメリカが、日本の神道、天皇崇拝、民族感情等、日本の古来の宗教や文化伝統を徹底的に否定したのである。自国の兵士は英雄として扱い、日本の帰還兵を賤民として扱い、如何なる援助も許さなかった。「日本の歴史は国家主義的側面と嘘の歴史を教えているから、連合軍総司令部の検閲下で新しい教科書が出来るまでは、歴史、地理、道徳の授業をいっさい中断するよう命じた」とも記している。軍国主義からの解放と唱えて、財閥解体、学制改革、農地改革、軍隊解体、議会制度改革、華族・貴族の廃止等々、日本の旧制度は徹底的に解体された。そこには軍国主義からの解放を唱えながら、民主主義とキリスト教以外は認めないアメリカの占領国に対する厳しい姿勢が見える。このようなことを率直に批判されたのでは、連合軍総司令官のマッカーサー元帥が日本での出版を禁じたのは当然と頷ける。そして、この著書がアメリカで出版されたのが、日本がまだ占領下にあった1948年であったことを考えると、ミアーズ氏の勇気に感歎するのみだ。 

「何の罪もない現地の人々が、米軍と日本軍の戦闘に巻き込まれて、耐えようのない強大な暴力の犠牲になっていた。私たちは『解放』という行為の中で、彼らの家を、村を、土地を、生活手段を破壊し、かれらの故郷を見るも無残に廃墟にした。」 この著書のこの記述を現在のイラクの状況と重ね合わせてみると、まさに『歴史は繰り返す』 と痛感する。そして、アメリカでは、参戦経験がない人たちによってイラク戦争が始められた。 日本では、戦争体験のない人たちが、イラク戦争を支持した。厳しい言葉かもしれないが、如何なる大義名分を掲げようと、防衛でない戦争は破壊行為以外の何ものでもない。「戦争」の恐ろしさと、 歴史を学ぶことの大切さを改めて教えられる本だと思う。 

 

 

ワイルス蓉子: 在米日本大使館の大使秘書室に25年間勤務。退職後は、現地の日系人を対象にしたニュース・レターを発行し、その編集に携わる。1986年から1994年までの8年間、「老壮の支」にアメリカ通信を執筆。著書に「知らざるアメリカ」(日常出版)、「日々のアメリカ」(朝日新聞社出版局)、「アメリカ首都圏の日本女性」(新風舎)がある。

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