私の北極旅行、氷、ホッキョクグマ、人間、地球の温暖化…  

上岡 直子 

「えっ!夏休みに、いったいなんで北極まで!」「うん、氷が融けてしまう前に、北極を見ておこうと思って。」と、軽く冗談を言って、8月に北極旅行に参加した私だった。最近、地球の温暖化の影響を最も受けている地域として、また天然資源の覇権争いの舞台として、北極が急に脚光を浴びている。でも、そのような関心から、北極行きを選んだわけでは無かった。冒険好きで数年前に南極旅行をした友達が、今度は北極に行くから一緒に来ないかと言ってきたので、便乗することにしたのが、正直なところ。しかし、私の心のどこかに、アル・ゴアがドキュメンタリー映画”Inconvenient Truth”で述べていた事柄−北極の氷が過去数十年の間に急速に解けており、今後半世紀ほどですべてなくなってしまうと予測されていること、そのため氷の上に住むホッキョクグマが、氷を探して泳ぎ疲れ、溺れ死んでしまうこと‐が印象的に残っていて、それが北極への大旅行を決定させる決め手になったのは否定できない。

私が今回参加した北極旅行は、オーストラリアの旅行会社によって企画され、実際にはロシアの観測船を借り切って実施された13日間のパッケージ・ツアーである。クルーズの出発点であるLongyearbyen(北緯74から81度に位置する、ノルウェイの北の果ての島Svalbardの首都)に、ワシントンからオスロ系由で到着したのが、8月11日の夜9時。そして翌日、クルーズの出発時間に港にでかけ、クルーズ参加者の総勢と顔を合わす。旅行会社の職員は全部で17名。オーストラリア人のみならず、ノルウェー、カナダ、スコットランド、ドイツ、アメリカ人で、ツアーガイドの他に、ナチュラリスト4名、写真専門家2名が含まれていた。一方、船長と船員はすべてロシア人。そして、観光客は100名にも及び、18カ国から集まってきていた。観光の globalizationと、ロシアが資金繰りのために、観測船を北極と南極の観光シーズンに貸し出しているというのに時代を感じ、このような体験が始めての私は、ただ驚くばかりだった。

クルーズの経路を簡単に説明しよう。最初の2.日は、Svalbardの西海岸で昔の捕鯨跡を見学し、筏で氷河に近接したり。その後グリーンランド海を2日かけて横断し、続く3日間は、グリーンランドの東海岸で、イヌイットの村を訪れ、ツンドラの上をハイキング。また、巨大な氷山がそこいらじゅうに浮かぶ国立公園を筏で巡ったりした。そして今度はデンマーク海峡を2日かけて渡り、アイスランドのHeimaey島にて、ほんの30数年前大爆発した火山跡を訪れ、最後は首都Reykjavikに着いた。北極旅行といっても、北極点までたどりつく旅行は実に限られていて、参加費も異様に高く、一般的には、北極圏内のカナダやグリーンランドを訪れる旅が大多数だ。

 

グリーンランド東海岸のツンドラ地帯をハイキング

旅の印象。北極圏の夏は、想像していたより、ずっと温暖だった。日中の気温は常に摂氏5度以上。ワシントンDCの冬より暖かく、短パンでハイキングをした人もいたくらい。海も殆ど海氷は融けていたし、山も雪に覆われているのは数少なかった。氷山は、海の場所によっては、大小のものが、いたるところに浮いていたが、これは、今よく言われている様に、グリーンランドの氷河がすさまじい速度で海に崩れ落ち失なわれている現象のを、裏付けている様に思えた。旅行客達は、すべてを簡単に地球の温暖化と結び付けたがったが、海洋学や生物学の専門家であるナチュラリスト達は、気温が高いのは、今回の旅がたまたま快晴に恵まれたこともあってのことだし、今騒がれているほど、北極の温暖化が加速していて動物も絶滅の危機にあるとは、一概に言えないと言っていたが…。

そして、確かにホッキョクグマもまだいた。旅の6日目、船上からホッキョクグマが氷の上に座っているのが目撃された。その姿は、まるで天から降りきて、氷にちょこんと乗ったようだった。船長が、船を静かにゆっくりホッキョクグマに近づけ、皆は看板から息を潜めて、クマに見入った。ホッキョクグマは、船に気づきながらも悠々とあくびをしたり、氷の上を少し歩いてみたりした後、海に静かに入っていった。いったん船に向かって泳ぎだし、船の正面まできてから、顔をあげて船上の皆の顔を見上げた。それから、急に方向を変えて、船から遠ざかって行き、次第に、はるか海のかなたで点となって消え去って行った。最後に顔をあげて皆を見たホッキョクグマの姿は、なにか人間に訴えているように見えた、といったら、感傷的に聞こえるだろうか。

ホッキョクグマとの遭遇もそうだし、神の芸術作品としか言いようがない様々な形をした氷山と、其の氷山を浮かべる怖いまで澄みきった静寂な海、そそり立つ壮大な氷河。北極の自然は、今までの想像を超えるものがあり、何か超人的な力、神聖なるものの存在までを感じさせた。その自然が急激な変化をして、氷やホッキョクグマが消えていくことになったら…。北極から戻ってから、北極を扱っているニュースや展示に、自然に注意するようになった。スミソニアン博物館やNational Geographic は、北極や南極の自然や氷に生息する動物の写真を使って、地球の温暖化の危機を警告している。

また11月の半ばには、ゴアと同時にノーベル平和賞を受賞した国連のIntergovernmental Panel on Climate Changeが、140カ国から2000名に及ぶ科学者達が6年かけた地球の温暖化に関する大々的な調査の最終レポートを発表した。これによると、地球の温度は前世紀に摂氏1.3度上がり、海面水位は15センチ上昇した。特に、過去30-40年の気温の上昇は人為的によりところが多大で、工場排気、石炭による発電、車の排気ガス等による温室効果ガスが主因である。今のペースでいくと、今世紀末には、地球の気温は10度も上昇し、世界の半分の動植物は絶滅し、益々激しい異常気象が起きるという。

其の反面、地球の温暖化に関する情報に接すれば接するほど、温暖化説に反するデータや議論も少なくないことが分かってきた。私の北極クルーズに乗船していたナチュラリストも、地球温暖化説は、どちらかというと誇張されているという見方だったが、人為的原因で温暖化が加速していること、および将来の温暖化の速度とその影響に関する予測は、不確実性があるのは否めないようである。

何れにしても、現在地球の温暖化に関する意識が地球的なひろがりをもって強まってきたのは良いことだが、科学的根拠がなかなかはっきりしないことについて、メディアに扇動されている面も確かにあるかもしれない。今回の北極旅行で訪れたイヌイットの小さな村、Ittoqqortoormiitには数日前、村人が撃ち殺したホッキョクグマの毛皮が、家の前につるしてあった。当村の人は、ホッキョクグマやMusk Ox等の毛皮を売って生計をたてており、ホッキョクグマは一人二頭まで殺せる特別許可を与えられている。今年に入って、この村だけで30頭近いホッキョクグマが捕獲されたとのこと。また、いくつかの家の庭には、あざらしの死骸がころがっていたが、これはソリを引く犬のえさになるそうだ。近い将来、これらのイヌイットの人々も、北極圏の動物が絶滅する予測が出てきているから、急に狩猟をやめろと、一方的に感情的な論理を押し付けられるようならないとは限らない。しかし、もし地球温暖化が人間の産業活動に因るものが大きいなら、主に先進地域に責任があることであるし、ホッキョクグマに関して言えば、その毛皮を買う大金持ちが存在するという需要側の問題もある。

Ittoqqortoormiit村のイヌイットの少女たち

北極を旅行しなかったら、北極の自然と動植物の保護や、地球の温暖化の問題、そしてそれにまつわる人間の政治、経済、社会、生活の様々な局面に、興味を持つことはなかっただろう。北極や南極の観光旅行が増えてきたといっても、実際に訪れる人は一握りである。船から見たホッキョクグマは、私達に何かメッセージを伝えたくて急に現れた気が今でもしている。

 

筆者略歴:上岡 直子
仕事、趣味、生きがい(すべて一緒):途上国での教育支援、未知の土地を訪ねること、地元の人と交流すること。2000年より米国NGO、World Learningのワシントン・オフィス在職。

 

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