広西省 三江県 上亜小学校の子ども達と私 (2008年3月撮影)

 

2001年に出会ってしまった衝撃 in CHINA

 

菅 未帆

私は2001年から主にインターネットを利用し、中国の貧困農村に暮らす子ども達の学費支援活動をしています。(中国児童教育援助協会 http://homepage2.nifty.com/cceas)次のような経験がきっかけでした。

私は1994年から97年まで、国際協力機構(JICA)が実施する青年海外協力隊(JOCV)という国際ボランティア活動に幼稚園教諭として参加しました。「服のない子には服を! 食事のない子には食事を! 笑顔のない子には笑顔を届けたい!!」との思いで参加したのですが、派遣された国は中国。派遣された幼稚園が地方都市の一番大きな園(園児数:1,200名、職員数100名!)だったこともあり、ある意味、日本よりも質の高い保育環境・教育レベルに圧倒され「自分がやりたかった活動は出来たのか」との思いが残りました。 

2度目の中国は98年から2001年まで。当時、70名ほどが活躍していた隊員のサポート業務で、JICA中国(北京)事務所に勤務しました。任期満了で日本への帰国を数ヵ月後に控えた2001の春、出会いがありました。その数年前から実施可能となった貧困農村への視察・調査のチャンスが巡ってきたのです。現在、対外未開放地域は中国全土の8%しかないそうですが、堅く閉ざされていた貧困農村地域を外国人に開放し、中国政府同意のもと正式訪問ができるようになったのが97年頃、調査可能となったのが西暦がミレニアムに替わる頃からだったため「やっと現場に!」の思いで貴州省へと飛びました。

貴州省は中国西南部に位置する、面積約17万6千平方キロ、人口約3970万人、多くの少数民族が暮らし、「中国最後の秘境」と呼ばれる地域で、「天に三日の晴れの日も無く、地に三里の平地も無く、民に三分の銀も無い」との言葉があるほど、曇りの日が多く、平地が極めて少なく、中国で最も貧しい地域の一つ。) 中国の「県」は日本の国、「市」は日本の県、「県」は日本の市と同じ規模…と考えていただければ、中国の広さを捕らえていただけるでしょうか。空港のある「市」から半日かけて「県」へ、さらに半日かけて「村」へ、県→村→県、県→村→県の調査を繰り返し、最後の訪問先であった村で¨女性たち¨と出会いました。

村へは中国政府が用意した四輪駆動ジープに乗り、毛糸玉をほどいたような舗装されていないデコボコの山道をクネクネ走って向かいました。山道は自動車一台がやっと走ることができるだけの道幅で、路肩も整備されていないためハンドル操作を少しでも間違えれば、崖の下に転落。そんな移動に、私のミッションは「村に隊員を派遣できるかどうかを見極める事」だったのですが、「私は政府の車だから安全に往復できるだろうが、隊員はどうか」と本当に心配でした。公共の乗り合いバスなどもなく、農民はただただ歩くだけ。市場まで数時間歩くのは当たり前、山道を半日、一日歩くのが当たり前の環境でした。

私たち北京からの調査団は、村人にプロジェクト参加を促し、特に女性の声を取り入れてリプロダクティブ・ヘルス活動を促進するための事前調査を実施していました。それまでの経験で、中国側が推薦してくる女性(村の婦人部長など)にインタビューしたのでは率直な意見が聞けないとの認識があったため、一般女性にインタビューしました。「お名前は?」「年齢は?」この二つ目の質問で、私は衝撃を受けてしまいました。目の前の背中に赤ん坊を背負った女性たちは、名前を言えても、書くことはできない。年齢不詳、誕生日すらはっきりしない。この時のインタビューには大きな壁があり、私は中国の標準語である北京語で質問したのですが、標準語を→貴陽(市)の言葉に通訳→県の言葉に→少数民族の言葉に…と3段階の通訳が必要で、一つの質問に対し、長い長い通 訳を経て帰ってくる回答を待ちながら、彼女達の生涯をグルグルと考えました。
「燃料確保のために毎日薪拾い4時間」「テレビもなく、本も新聞もない人生」「出稼ぎに出た家族から手紙もなし」「出稼ぎに出ても騙され、そもそも出稼ぎに行かれない」「農薬の薄め方(薬1:水10などの簡単な比率)も理解できない」「知らなかった…で、子どもが命を落としてしまうような事故が頻繁」

失礼な言い方かもしれませんが、70代の方々だったらそんなに衝撃は受けなかったでしょう。しかし、目の前にいる女性は私より若い20代。自分たちではどうがんばっても改善できないであろう現実に、「絶対おかしい…」「まず、識字教育!」との思いが、深く深く残りました。 それまでの経験で、「農村にも立派な小学校が建設されている」との印象が私にはありました。中国政府が実施する貧困対策で建設されたもの、各国NGOとの連携で建設されたもの。『村で一番立派な建物が小学校です!』と誇らしげな村長さんが大勢いらっしゃいました。


三江県 トン族の装いと「油茶」のおもてなし

しかし、目の前に学校があっても学校に行っていない子どもにもたくさん出会い、「お金がないから行けないの。」「お父さんが行かなくていいって。どうせお嫁に行ってしまうのだから、勉強してもしかたがないって。」「学校は向うの山の上だから、歩いて片道2時間かな〜。
靴が買えなくなってから行くのやめちゃった。」そんな声もたくさん聴いていました。立派な校舎があるのに、もったいない、と思っていた私は、この調査終了後、貴陽市のホテルに到着するなり、一緒に通訳として村に同行していた貴州省政府の中国人女性に自分の思いをぶつけました。「私は日本に帰らないといけないけど、お金は何とかするから!あなたは子ども達が学校に行けるように学校関係者や保護者を説得してよ!」と。私の思いに賛同してくれた彼女にありったけの現金を渡し、私の活動準備はスタートしました。


上亜小学校 2階教室

結局、一外国人であった私を信頼してくれる村や学校関係者が見つからず、貴州省での活動をスタートすることはできませんでした。青年海外協力隊員として働いた場所である広西省で、私を信頼してくれる人々に出会え、活動を開始しました。
現在、当会が支援している児童は150名ほど。半年に一度子ども達から届く手紙を楽しみに、これからもコツコツ支援活動を継続してゆきたいと思っています。

 

菅 未帆:札幌大谷女子短期大学保育科卒。札幌市内の幼児園に6年半勤務した後、青年海外協力隊(JOCV)に参加、JOCV調整員としてJICA中国(北京)事務所に勤務後、2001年8月から中国児童教育援助協会代表。


現在は全員中学生になった、象州県の子ども達 (2004年1月撮影)

貴州省は一人あたりのGDP、一人当たりの農民純収入が31省中最下位。(『中国統計年鑑2005』より)

中国人口の約6割が農村人口。その農村では、1990年統計で、農村女性の20歳代の約30%、50歳以上の90%以上が非識字者である。
(『現代中国の教育改革 仲田陽一』より)

貴州省の15歳以上人口における非識字と半非識字率:男性10.05% 女性24.19%(『貴州統計年鑑2005』より)

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