「わかっちゃいるけど、やめられない」 加藤 和世(Kato, Kazuyo) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

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ワシントンと私

「わかっちゃいるけど、やめられない」:VIEWS 2010年秋号(第23号)掲載

加藤 和世(Kato, Kazuyo)

想像いただけるだろうか。その流れは、ドロっと濃厚で、しかしダイナミックに激しく大きな波を打ち続けて止まない。あらゆる魚が彷徨っていて、地味な魚もいれば、輝かしく極稀な魚もいる。強烈なのは鮫。ギラギラ鋭い眼光を放つ鮫が数匹、辺りを警戒しながら徘徊している。本心ではない流し目を寄越すものもあれば、背後から、あるいは正面きって攻撃してくるものもある。そんなところで泳ぐのは気疲れする。しかし、迫力満点で、面白さも類稀である。

小説家を気取るわけではないが、ワシントンに居た頃の私の心境を言葉で説明すると上述の通りである。私から見た「ワシントン」は、戦場でありながら楽園であり、危険だがエキサイティングな場所だった。世界唯一の超大国である米国の首都であり、国際政治の中心なだけあって、170以上の国から優秀な人材が集まっており、その情報の質の高さは贅沢の極みだ。しかし、お互いがお互いの人脈や情報源、そこから発する政治的影響力を品定めしながら、常に働き、気疲れしているところでもあるのだ。

 CSISのボスの一人と、オフィスをシェアしていた同僚と。CSIS退職時。
CSISのボスの一人と、オフィスをシェアしていた同僚と。CSIS退職時。

私がワシントンで過ごしたのは、2003年~2009年の約6年間、年齢で言えば25歳~31歳の、いわゆる「ヤング・プロフェッショナル」の頃である。ゲイが多くて知られるDupont Circleに住みながら、2003年~2007年は戦略国際問題研究所(CSIS)という政策シンクタンクで働き、2007年~2009年は、ブッシュ政権時の米国務副長官であるリチャード・アーミテージ氏が設立した国際コンサルティング会社「アーミテージ・インターナショナル」で働いていた。ワシントンには9歳~12歳の頃も住んでいたのだが、後に高校、大学時代をカルフォルニアで過ごした私にとって、当初、東海岸のワシントンは、人種偏見はあるし、冬は寒い、という暗い印象だった。しかし、社会人になって経験したワシントンは、外交に関心を持つ若者が大勢集まり、沢山の情報が飛び交う、極度に躍動感のある刺激的な街だった。そして、アメリカ人と同じ土俵での競争には熾烈なものがあった。

CSISでは、国際安全保障部のアジア・チームに所属していた。ご存知だと思うが、シンクタンクは、政権交代で政府を出た人間が、次に政権入りするまで、良く言えば「長期的戦略・政策についてゆっくり考える」場所、悪く言えば「つなぎで食べていく」場所である。当時はクリントン政権下の元政府関係者が多くのポストを占めていて、オバマ大統領が勝利すると大勢が政権入りした。私が仕えていたボス二人は、現在アジア太平洋担当の国務次官補と首席国防次官補代理である。

シンクタンクの研究員というと、オフィスに篭ってじっくりと論文を読み書きしているイメージを持つかもしれない。世の中にはそういう人もいるのかもしれないが、私の感じは全く違う。当時のボスが言っていたが、そこは「Think Tank」ではなく、正しく「Do Tank」。次から次へとボスが発案するプロジェクトやイベントの実施業務に追われる日々だった。一つのプロジェクトでは皆のお給料が稼げないので、多数のプロジェクトが同時進行し、休む暇もなく、論文などは夜間や週末に執筆していた。同僚と会議用のケータリング・メニューを見ながら、「イベント会社に勤務していれば、少なくともお給料はもう少し良かったのに。お客様、ポテト・フライをご一緒にいかがですか」などと自嘲的に笑い合ったものだ。「大学院まで出て、何故私はこんなことをしているのか」と真剣に悩んだこともあるが、今となっては、むしろ色々な雑務経験が私を他の世界でも使える人間にしてくれたことを有難いと思っている。

それに、当時のボスが強く推していた政策が、そのままオバマ政権の政策に反映されているのを知ると、やはりシンクタンクから出てくる情報からは目を離せないと確信する。ある米政府関係者は、「シンクタンクの成果物は99%が屑だが、そこからわずか1%だけ政策にインパクトのある重要なものが生まれることもある」と言っていた。「アーミテージ・インターナショナル」では、その1%を目の当たりにすることができたのかもしれない。当時の経験には筆舌に尽くし難い厳しさもあったが、米国の軍人の本質も肌で味わう稀有な経験もできた。

(左)筆者が住んでいたDupont Circleのアパート。(右)近くのお気に入りのカフェ。
(左)筆者が住んでいたDupont Circleのアパート。(右)近くのお気に入りのカフェ。

ワシントンで働きたての私は、この街の勢いに着いていくために必要な覚悟を持たず、ある先輩の言葉を借りれば、呑気に「プカプカと浮き輪に乗って」いた。一所懸命バタ足をしてその浮き輪を支えてくれたアヒルさん達や、空から声援をくれたカモメさん達のお陰で、溺れそうになりながら何とか浮いてたようなものだ。現在は、ワシントンにいた頃の情報量と情報源への近接感が懐かしく、そこから遠ざかったことが寂しく思えることがしばしばある。しかし、またワシントンに戻りたいですかと聞かれたら、迷う。ワシントンでは、知的刺激を強烈に受けたが、同時に、政治的な野心を持った人々の見苦しいまでのせめぎ合いを目にして、人間というものに対する嫌気を感じたことも多かった。別に、ワシントンだけに権力やお金で動く人が一極集中しているわけではないが、そんな人間社会の縮図のような街である。激しく厳しい競争が繰り広げられる結果、「ピカイチ」のタレントも誕生するのだが、その他大勢は、トップスターの取巻きや脇役として人気商売をすることに甘んじなくてはならない。ワシントンが「政治のハリウッド」と呼ばれる所以である。

人間の本性が顕著に現れるこの街で働き続けるのは、なかなか難しい。とはいうものの、一回離れてみると、「わかっちゃいるけど、やめられない」という未練を感ずる街、それが私にとっての「ワシントン」である。またいつか、戻ることがあるかもしれないが、その時は十分呼吸を整えて臨む必要がある。

著者紹介

加藤 和世(Kato, Kazuyo)

2010年10月より笹川平和財団研究員。2003年~2009年まで、ワシントンのシンクタンクおよびコンサルティング会社で勤務。研究分野は日本の国際交流・協力推進事業、アジア安保情勢。



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