ワシントンとの3回目の出会い 堀江 知子(Horie, Tomoko) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

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ワシントンと私

ワシントンとの3回目の出会い:VIEWS 2010年冬号(第20号)掲載

堀江 知子(Horie, Tomoko)

Dupont
デュポンサークルで出会った合奏団演奏

今思い出すと、ちょうど10年ほど前、アムトラック列車で米国東部を1ヶ月ほど巡る旅の途中で初めて訪れたワシントンは、あまり好きだと思える街ではなかった。9.11同時多発テロが起こる前だった当時の2000年、まだ一般の観光客がホワイト・ハウスやFBIビル内を見学できた。私が一番気に入った場所は、リンカーン記念館だった。迫力あるリンカーン像や、そこから見渡せる池、ワシントン記念塔、国会議事堂の立ち並ぶ光景に感動してしばらく立ち尽くしていた。しかし、何よりも忘れられないのは、マクドナルドでの出来事だ。ハンバーガーを食べていたら、5、6歳と思われる物乞いの少年が私の座る席に近づき、トレーに載っていたおつりの小銭をせがんできた。こんな小さな子供なのに、なぜホームレスなのかと不審にそして不快にも感じた。世界最大の経済大国アメリカで、普通に子供の物乞いがいるということに、当時の私は大きなショックを受けた。歴史が刻まれて美しい建築物に囲まれたワシントンだが、最初の訪問で受けた印象はそれほど良いものではなく、正直再び訪れたいとは思わなかった。他に訪れたアメリカの街に比べて、人も冷たく、そしてどこもかしこも白い建物だけの無機質な街だと感じた。

次にワシントンを訪れたのは、それから7年後の夏だった。当時、私は日本で勤めていた会社を辞め、アメリカの大学院で放送ジャーナリズムを学んでいた。3ヶ月という夏休みの長期休暇を利用して、ワシントンにオフィスを置く日本の報道機関でインターンをさせてもらえることになった。学生として暮らしていたウエスト・バージニアの町は、日本食店など1軒もない田舎で、週末には、図書館で勉強か、ウォールマートで買い物するしかないようなところだったので、ワシントンでの生活はとても新鮮で、この街の人はなんてお洒落で、街は素敵なんだろうと思わずにいられなかった。まさに、初めて都会に出てきた田舎者の心境であった。そして最も印象深いのは、インターン中にさせてもらった貴重な体験ひとつひとつである。ホワイト・ハウス前の不審車騒ぎで現場まで三脚を担いで駆けつけ、事件目撃者に街頭インタビューをしてみたり、ワシントン・ナショナルズの新スタジアム建設の取材で、選手らと一緒にスタジアムを回って話を聞いたり、またある時は、動物愛護団体主催のベジタリアン・ハンバーガーを食べるイベントに出かけ、レタスでできた水着を着るセクシーなモデルらにインタビューしたりした。大学メディアでレポートしていた題材とはスケールが違うだけでなく、自分が日本メディアの一部となって取材に関われることにとてもやりがいを感じた。インターンという気楽な立場であったこともあるだろうが、毎日がとても楽しく中身の濃い夏であった。

Nationals
ワシントン・ナショナルズの建設中の新スタジアム取材

そして今、私はワシントンに住んでいる。大学院を卒業後、ニューヨークで仕事が決まり1年間はニューヨークで過ごしたが、2009年、ワシントンに異動になった。3回目のこの街での生活も、もうすぐ1年が経とうとしている。インターンをして大好きになった街にまた住めることを楽しみにしていたが、日本にいるような感覚で便利に過ごせたニューヨーク生活の後のワシントンは、最初は不便に感じることも多かった。しょっちゅう故障か稼動終了?で停止しているメトロ駅のエスカレーター、このメトロは24時間稼動ではなく、平日の終電は深夜12時、日本食レストランも数えるほどしかない。贅沢な不満だが、ワシントンに来てから、改めて自分はアメリカに住んでいるのだと実感している。

3回目の滞在で、特に大切にしているのは、思いもよらないところでの新しい人々との出会いである。メトロ駅で会ったキューバ移民のおばさんとは、なかなか来ない電車を待つ間におしゃべりを始めたが、彼女がキューバからアメリカに来た理由、アメリカに住む彼女のようなキューバ人にとって、アメリカ・キューバの最近の関係改善は必ずしもうれしいことではないという話をしてくれた。ひとしきり話し終えた後、同じ外国人という身に共感したのか、困ったことがあったらいつでも私に電話しなさいと自宅の連絡先を持たせてくれた。また、ベトナム人街に行った時に出会った友人は、そこに米国国旗とともに現ベトナムではなく旧ベトナム国旗が掲げられている理由、この地域に住むベトナム難民の祖国に対する複雑な感情を話してくれた。70歳を超えてまだ現役で米国諜報機関で働いている男性は、旧制中学まで日本の教育を受けたため日本語が堪能で、朝鮮戦争従軍の体験、金大中元大統領の米国亡命中に秘書をした時の体験など、韓国の現代史に関わった様々な体験を語ってくれる。

今ワシントンで、10年前にここを訪れた時の自分を振り返り、とても不思議に感じる。マクドナルドでの少年の物乞いに衝撃を受けもう訪れたくないと思っていた街で、私は今、境遇、文化、価値観などが異なる人々との出会いに刺激され学び、この街をとても楽しんでいる。私にとってワシントンは、もう真っ白な建物に囲まれた退屈な場所ではなく、どこでどんな出会いに遭遇できるか想像もつかない魅力的な街となっている。

著者紹介

堀江 知子(Horie, Tomoko)

静岡県出身。東京外国語大学スペイン語学科卒業。マーシャル大学大学院ジャーナリズム修士課程修了。現在、日本テレビ・ワシントン支局に勤務。



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