「もの造り」を通して見る日本とアメリカ 松本 啓子(Matsumoto, Keiko) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

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ワシントンと私

「もの造り」を通して見る日本とアメリカ :VIEWS 2009年夏号(第18号)掲載

松本 啓子(Matsumoto, Keiko)


私は日本で日系航空会社の客室乗務員として7年間勤務した後、まったく畑違いのジュエリー制作の世界に飛び込みました。

職業柄、世界の美術館・博物館を観る機会に恵まれ、また、ブランド・ジュエリーを目にすることも多くあったことが、今までの意識を変えるきっかけになっていったのかもしれません。そして、次第に鑑賞する側から、作品を自らの手で創り出す「造り手」になりたいと思うようになっていきました。中でも、身につけられる装飾工芸は、自分の可能性をかけてみるには十分に魅力的な世界に思えました。

退職後、ジュエリー・カレッジに通い、修了後に訪れた、当時「ロストワックス技法 (注釈1)」では第一人者の故斉藤信男氏との出会いが大きな転機となりました。その技術を学びながら、職としてのジュエリー製作現場の実際を経験させていただいたことが、現在の私の知識面と技術面を支えてくれています。

その後、縁あってワシントンDCに永住というかたちで移り住んで4年が経とうとしています。

デュポン・サークルの噴水
デュポン・サークルの噴水

こちらでの生活を始めた頃、まだあまり知り合いもおらず、自分の作品作りに没頭する日々が続きました。英語学校も通ってみましたが、勉強のほうはともかく、気の合った仲間をみつけることができません。自分とアメリカ、そして、この街で生きていく上で、うまく繋がりを見つけられないでいる気がしていました。

考えてみれば、いくらスミソニアン美術館・博物館群があるとはいえ、ワシントンDCは政治の街。果たして政治と対極ともいえるアートの世界で、自分の身の置き所があるのかどうか、不安にすらなるのでした。

そんな日々の中で、私はこちらの美術大学で、私の専門であるロストワックス技法によるジュエリー・メイキングの講座に参加してみることにしました。私自身がこの国で自分のスタジオを運営していくにあたり、多少道具は違っても、私が日本で学んできたことを、どのようにしてこちらの人たちが指導をしているのかを知っておく必要があると思ったからです。一度通った道ですから、言葉がわからなくても何とかなる、そんな軽い気持ちでした。

案の定、作業以外のおしゃべりはちんぷんかんぷん。それでもここは多民族国家のアメリカ。様々な人がいることに慣れている様子で、無口になりがちな私の存在も、さほど気にならないようでした。たまに声をかけてくれる人もいて、皆が私のつたない英語に耳を傾けてくれることもありました。この時は、「アートに国境はない」ということが、とても有難く感じられました。

しかし、ここで私は、日米の文化と、「もの造り」に対する姿勢の相違を体験することになります。

ワックス(ロウ)を削り出しています
ワックス(ロウ)を削り出しています

授業は日本で私が受けたものとほぼ同じなのですが、その指導の仕方というか、先生と生徒の距離が違うように思いました。

講師は友達のように、「ほら、こうやってやるのよ。簡単でしょ?」とお手本を見せ、生徒のほうはとにかく実践あるのみ。できようとできまいと、ひたすら前に前に進んでいきます。中には、先生に作業過程をチェックしてもらうことなく進めていってしまう人もいました。

日本では必然的に先生と生徒の間には壁があり、いつも何か難しいことを教わっているような雰囲気でしたし、一々その過程を先生に見てもらい、教えを乞うことは当たり前でしたので、教室での様子には驚くばかりでした。まさかこのような場でカルチャーショックを受けるとは思いもよりませんでした。

これは私の印象なのですが、こちらでの「もの造り」は、その技術を追求するという日本のそれとは少し違うような気がします。「美しく仕上げる・完成度を高める」というよりも、こちらではオリジナリティーが重んじられるように感じました。「自分はこういうものを作りたい」という気持ちがしっかりしている人が多いので、初心者でも躊躇することなく挑んでいく、迫力と根性のようなものがあります。

そのためでしょうか、作品造りにあたり、制作過程をより合理的に進めようとする傾向があるようです。一つの技術を徹底的に鍛錬して習得するという、日本独特の伝統を継承していくような姿勢はそこには見えません。自分の良いと思ったものをストレートに表現する。焦点はすべてそこに向かっていますから、そのゴールに向かう過程において、余分と思える行程は、極力ショートカットしてくように思えます。作業に必要なはずの技法を苦労して極めるという行為は、時間がもったいないと感じているのかもしれません。

日本とアメリカ。物を創造していくことに関して、どちらのアプローチが優れているかではなく、考え方もその姿勢も、そしてそれらが生まれてくる根源となるものには、文化的・歴史的な背景があるのだということを、この国に来て初めて体感しました。

指輪の完成例
指輪の完成例

昨年、私がスタジオをオープンするにあたり、指輪を制作する「お試しクラス」を何度か開いてみたときのことです。当初は日本人の友達だけに限って協力をお願いしていましたが、結局はアメリカ人とヨーロッパ出身の友達も参加をしてくれました。

作業はすべて手作業で行いました。また、「手間をかけて作品をつくる」という姿勢を彼らに求めました。確かに電動工具を使えば時間も短縮できますし、それなりに綺麗には仕上がります。しかし、自分の手でワックスを削って形を作り出し、シルバーやゴールドに鋳造されてきた作品を磨き上げていく過程を通して、「作品に自分を込める」という経験をして欲しかったのです。「ただ楽に物が出来上がればよい」ということでは、本当の意味での「もの造り」の精神からは少し外れてしまうような気がするからです。

こちらで教育を受けてきた人たちですから、そんな信条と作業の仕方には、多少戸惑う人もいるかもしれないと思っていたのですが、すべての作品が仕上がった後、思いもかけない言葉をもらいました。

「不思議と疲れなかったし、癒されていく感じがする。Meditationと似ているね」。それはヨーロッパ出身の友達からでした。恐らく、彼が古い伝統と文化を持つヨーロッパ人だからこそ共有できた感覚なのかもしれません。

私もこの世界に入って、かれこれ10年は経ちますが、ここまで続けてこられたのは、もしかすると、知らない間にそんな効果を実感していたからなのかもしれません。

現代社会では、テクノロジーが進むにしたがって、その力に頼るのが当たり前のような気質があります。でも、そんな時代だからこそ、自らの手で造り出すことの意義があると思うのです。また、そうした作品造りは、職人技とその精神を大切にしてきた日本人に元来あるべき姿なのではないでしょうか。私は、「アメリカにいるからこそ、日本人としての根本に立ち返えろう」という思いが強くなってきたような気がしています。

お茶を飲みながら
お茶を飲みながら

歴史的な街並みの残る、デュポン・サークルでスタジオをオープンしてから1年。ジュエリーを作るのを楽しみにしている生徒さんは勿論、日常生活では日本語を話す機会がなくなってしまった生徒さんも、気分転換を兼ねてジュエリー作りを習得して下さっています。そして、私もこのスタジオを通して、いろいろな人たちとの交流を楽しみに作品を作り続けています。

また、こちらのジュエリー・メイキングの講座に参加したことをきっかけに、地元のジュエリー・アーティストたちとの交流も、少しずつ広がってきました。これから先、こうした「もの造り」の輪がどのような形で繋がっていくのか。私は、日本とアメリカの文化の違いこそあれ、ようやくこの街での一歩を踏み出すことができたような気がしています。

注釈1:ロストワックス技法について
カルティエやティファニーなどの有名ブランドをはじめ、一般に市販されているジュエリーのほとんどがこの方法で製造されている、本格的なジュエリー制作技法です。原型をワックス(ロウ)で作り、それを特殊な石膏に埋没させ、硬化した後、焼成。こうしてワックスを溶かすことにより石膏内に原型と同じ形の空洞を作り、そこに金や銀などの金属を流し込む、というものです。「ワックスをロストさせてキャスト(鋳造)する技法」ということからこのように呼ばれるようになりました。

著者紹介

松本 啓子(Matsumoto, Keiko)

東京生まれ。短大卒業後、日系航空会社にて客室乗務員として7年間勤務。退職後、専門学校ヒコ・みづのジュエリーカレッジを修了。ワックスモデリングを故・斉藤信男氏に師事。現場でジュエリー制作に携わる。渡米後、ジュエリー制作教室スタジオ「Studio Mizu」を開設・運営。



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