母と娘 丸本 美加(Marumoto, Mika) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

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ワシントンと私

母と娘:VIEWS 2009年春号(第17号)掲載

丸本 美加(Marumoto, Mika)

ワシントンDCの春
ワシントンDCの春

1990年3月にワシントンを初めて旅行で訪れて以来、今回を含め二度、ワシントン近郊に住んでいます。92-95年は、幼児二人をかかえる新米の母として、今回2006年からは成長してテイーンとなった二女一男の母として戻ってきました。ワシントンがアメリカ政治の中心、そして国際政治の一極をなしていることと、母親としてここで暮らすようになったことが絡み合い、私の脳裏に常に浮かび上がる「母と娘」たちがいます。

まず、私が初めてワシントンに暮らした92年から95年当時、ファースト・レディーだったヒラリー・クリントン(現国務長官)と娘のチェルシーです。クリントン大統領とともにホワイト・ハウスで一人娘を育てあげ、娘チェルシーが一七歳となり大学へ巣立つ時、ヒラリーは、あるインタビューでこう語っています。「17年間、育ててきた娘がこれから巣立っていくけれど、私たち夫婦は、果たして、彼女がこれからの人生で遭遇するであろう困難や逆境に立ち向かうだけの知恵を授けてきたのだろうか?」という主旨でした。ファースト・レディーといえども娘を思う気持ちは同じ。その頃、乳幼児をかかえ母親になりたての私でしたが「一人の母」であるヒラリー・クリントンの言葉に深く心を動かされたのを覚えています。

それから、ここワシントンの国立航空宇宙博物館で計画されていたスミソニアン原爆展が中止となった95年当時から、ある「母と娘」への思いは消えることはありません。それは、広島で幼少の頃ともに過ごした大叔母のとみ江と、私が出会うことなく逝ってしまったとみ江の娘である民子です。45年8月6日午前7時過ぎ、16歳の民子はいつもと同じように家を出て広島市内の女学校へ向かいました。「あの朝だけは、どうしたんか知らんけど、何回もこっちを振り向いたんよね。別れを予感するようにね。」と、とみ江は生前よく当時のことを振り返りました。原爆が投下され地獄と化した広島の街を、とみ江は竹水筒を持参して歩き続けました。街では、黒こげとなった人間とも思えぬ人々の波が「水、水をちょうだい」と、とみ江に懇願し続けたといいます。「ごめんね、ごめんね、民ちゃんを探しよるんよ。民ちゃんが見つかった時に水をあげんといけんからごめんね。」と、とみ江は竹水筒を差し出すことができなかったと無念そうによく語りました。10日後に発見された民子は、普通にしゃべることはできるものの、体の背中側は頭からかかとまで被爆で真っ黒だったそうです。民子は、発見されて自宅へもどり間もなく亡くなりました。

ワシントンDCに住むようになり、幼少の頃から私の脳裏に刻印されているとみ江の姿をよく思い浮かべるようになりました。早朝、午後、就寝前に、仏前で一時間近く拝み続けるとみ江おばあちゃんの後ろ姿です。先に逝ってしまった愛娘の民子に祈りを捧げるとともに、火の海と化した広島で苦しむ人々に水をあげることができなかった自分を許すことができず悔み祈り続ける「母」の姿でした。それは、とみ江が病気で倒れる日まで続きました。そして、当時、私は子供ながらに、とみ江の苦しみを理解しているつもりでしたが、自分が同じ年頃の娘を持つ母となるまでそれが如何に想像を絶する苦悩であったかをわからずにいたことに気づいたのです。とみ江と民子は、私がワシントンに暮らし始め思いを馳せずにはいられない「母と娘」なのです。

ホワイトハウスを訪れて
ホワイトハウスを訪れて

95年の夏から11年間、東京、北京、ソウルで暮らし、2006年からまたワシントンを拠点として生活しています。現在、16歳と15歳になった娘たち、東京で生まれた13歳になる息子もあわせ家族五人での暮らしです。家族が揃って暮らせるという当たり前のことがどんなに尊いことかを教えてくれる「母と娘」がいます。06年に、ホワイト・ハウスでブッシュ大統領と面会し、北朝鮮拉致問題について訴え、大統領の心を動かし「拉致問題を絶対に忘れない。」と発言させるに至った横田早起江さんです。1977年、北朝鮮に13歳のめぐみさんを拉致されてから三十年以上、娘を奪還するために今も闘い続ける早起江さんに心を動かされない人はいないはずです。

「母が娘を思う気持ち」は国境や国益を超越した人類共通の価値観のはずです。それを、もっと政治や外交に反映させることができないものでしょうか?ワシントンに暮らす時、そんな思いが頭をよぎるのは私だけでしょうか?

著者紹介

丸本 美加(Marumoto, Mika)

広島出身。ハーバード燕京研究所を経て、開発コンサルタントとして東アジア国際関係・北朝鮮経済研究に従事。津田塾大学卒業。国際基督教大学行政学修士課程、カリフォルニア大学経済学修士課程、韓国延世大学国際大学院博士課程修了。マニラ、東京、北京、ソウル、ボストンに暮らす。趣味は、子供たちの参加するコーラス鑑賞や水泳・サッカー観戦。現在メリーランド州べセスダ在住。



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