Anything is Possible:出会いとチャンスに溢れる街 遠藤 好美(Endo, Yoshimi) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

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ワシントンと私

Anything is Possible:出会いとチャンスに溢れる街:VIEWS 2009年冬号(第16号)掲載

遠藤 好美(Endo, Yoshimi)

 NIHの研究室にて
NIHの研究室にて

2008年も師走に入った12月5日、その晩の仕事仲間との忘年会を楽しみに出勤しようという朝、私の中に突然「十年一昔」という単語が浮かんできました。ちょうど10年前の1998年12月5日、私は単身でダレス空港に降り立ったことをまざまざと思い出していました。

私は、ワシントンDC近郊のメリーランド州ベセスダにある米国国立衛生研究所(NIH)で、がんの基礎研究に携わっています。日本では医学部を卒業後、内科医として忙しく臨床診療に追われていましたが、大病院の既存システムの中で限られた医療を提供している自分に、いつしか限界と物足りなさを感じるようになっていました。ブレークスルーを求めて大学院に飛び込んだ時、そこに恩師との運命的な出会い、そこから続くワシントンDCへの道が待っているとは、予測していませんでした。基礎医学研究は、狭い分野にどっぷり浸り、論理的思考と想像力を駆使して新しい仮説を組み立て、それを科学実験によって実証するという、非常にオタクで創造的な世界です。それは、臨床とは全く正反対の毎日でしたが、私はすぐにのめり込み、いつしか大学院生活は研究一色となっていました。顕微鏡に向かって何時間でも不動の私を見て、アメリカ在住経験15年の恩師は、「君はすぐにでもアメリカにいったほうがよい。絶対に君に合っている。5年でも10年でも、気の済むまで思いっきり仕事してこい」と背中を押してくれたのです。大学院の3年目に学位修了見込みとなったことを機に、DCにむけて飛び出すことを決心しました。不思議なことに、私は、成田空港出発の際に、目に見えない、抵抗し難い強い力に背中を押されているのを感じ、踏みとどまる気持ちや不安は、微塵もありませんでした。

振り返ってみればしかし、その頃の私は、独力でNIHでの仕事と生活を始めるには、あまりに無謀な人間でした。特に英語力は目を覆うほどで、渡米3日目に地下鉄に乗った時には、「Door is Closing」のアナウンスが当時の大統領の名前「Bill Clinton」と聞こえ、さすがワシントンDCだなと妙に感心したほどです。研究も、日本の大学院時代のレベルから比べると遥かに上に思え、周囲を頼って技術、知識を一から学び直す毎日でした。最初の2、3年は、常に失敗の繰り返しで、自分の力不足を否応なく客観視させられ、ずいぶん落ち込みました。しかし、研究室の同僚たち、日本から同じように留学している多くの先輩友人らが、半分あきれながら、時には一緒に夜中まで居残って、手に手を取って基本を叩き込んでくれました。度量の大きなボスたちも、私が言葉や仕事に慣れるのをじっと見守ってくれました。試行錯誤を繰り返すうちに、手間暇のかかる細胞生物学実験を、最短で最大限の効率で正確に行えるよう、自分なりの研究スタイルがやっと出来上がってくるようになりました。

その後一旦NIH を離れ、DCのGeorgetown大学医学部での教職に、2年弱ほど関わる機会に恵まれました。これは、アメリカの文化、アメリカ人を理解する上で、非常に役立つ貴重な経験となりました。というのも、NIHは連邦政府機関であるものの、研究者は私のような外国人ばかりで、ボスを除きアメリカ人に接する機会が殆どなかったのです。もちろん、世界各国からの秀逸で鬼才な同僚たちとの交流は、多様な文化に触れる得難い経験だったのですが、逆にいえばアメリカに住みながらもアメリカ人を知らずに過ごしていたわけです。Georgetown大学では、アメリカ人大学院生たちと研究の話題を中心に、毎日顔を会わせることになりました。結果、ファッション、スポーツ、音楽、趣味、恋愛、家族の話など彼らの地に着いたライフスタイルの話に触れることができました。特に彼らの仕事とプライベートのON/OFFの切り替えのあまりのよさには、大いに脱帽しました。また、「以心伝心」という言葉が存在しない彼らのコミュニケーションでは、個人の尊重という理念の上に、「話し合い」がいかに重要視されているかを学びました。

最近になって二つつのことをよく思います。一つは、DCは、やはり世界から人が集まるだけあり、様々なすばらしい出会いに恵まれる街であること、もう一つは、自分さえ求めれば、何でも挑戦できる場所である、ということです。実際、この二つは互いにリンクしているように思います。それは、DCはその土地柄、非常に多忙な人が多いですが、彼らの多くは同時に遊びにもエネルギッシュだからかもしれません。仕事以外にも様々な生活の楽しみ方があり、スポーツや共通の趣味を楽しむ会、業種を超えたネットワーキングの機会もたくさんあります。私自身、あちこちですばらしい友人、知人との出会いにも恵まれ、刺激と励みを受け、DCはすっかりもう一つの故郷となっています。

“Anything is Possible.“
渡米に際し両親がくれた激励のメッセージですが、この地に単身で渡って10年経ったいま、これまでの多くの貴重な出会いと支えに感謝し、この言葉を強く実感できています。

著者紹介

遠藤 好美(Endo, Yoshimi)

青森県弘前市生まれ。山形県米沢市出身。東北大学医学部卒業、同大学院修了。医師、医学博士。現在、米国国立衛生研究所、米国国立がん研究所にてスタッフサイエンティスト。



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