ワシントニアンの私 高田 麻里 (Takada, Mari ) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

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ワシントンと私

ワシントニアンの私:VIEWS 2008年夏号(第14号)掲載

高田 麻里 (Takada, Mari )

ワシントンは政治の中心でありながら、住み心地の良いバランスのとれた街だと思う。日本では主にホワイトハウスや国会議事堂などで知られているが、スミソニアン協会の博物館・美術館や動物園は入場無料で、ケネディーセンターでは一流アーティストのコンサートが気軽に楽しめる。また、日本のように四季があり、美しい自然に囲まれている。春にはポトマック川のほとりで桜が満開になり、夏は独立記念日を祝う花火、秋は街路樹の紅葉が見られ、冬には街中がクリスマス・ツリーやイルミネーションで輝く。ジョギングやサイクリング・コースも整備されており、週末には各地で青空市場が開かれる。ワシントンに初めて到着した日、ダレス空港に恩師の友人が車で迎えに来て、寮まで送ってくれた。アーリントンからキー・ブリッジを渡る時、夕焼け空の下、ポトマック川を見下ろす丘の上に立つジョージタウン大学は、まるでお城のようだった。

大学は、研究に最高の環境だった。留学してから本格的に言語学を始めたのだが、講義では理論から応用まで幅広く学ぶことができ、他の院生と学習グループを作ったり、共同研究をしたり、他大学の授業にも出たりして、充実した毎日だった。大学に多くの優秀な学者や著名人が国内外から研究や講演に来ていたのは、首都の強みでもあった。大学の奨学金は、授業料や生活費に加えて旅費の補助もあり、学会発表で各地を旅した。副手の仕事では、指導教授の授業や研究の補助以外に、国際学会のコーディネーターを務め、その後数年に渡って論文集の共同編集もした。学会は、初日から大雪に見舞われたが、幸い参加者のほとんどが既にワシントン入りして近くのホテルに泊まっていた。街から車が消えた朝、歩道が雪に埋もれていたので、キー・ブリッジの道路中央を歩いてキャンパスに向かった。帰国するまでの論文執筆の数年間は、コンピュータ・ラボで実験やデータ処理を行い、あとは図書館の狭い個室で過ごしたが、窓からポトマック川を見晴らせる最高の場所だった。全て貴重な財産となっている。

ワシントンで生活する上で一番恵まれていたのは、ルームメイトだった。日本では他人と住むことは考えられなかったが、家賃が高くてやむを得ず、ワシントン・シティ・ペーパーという新聞でルームメイト募集の広告を見て電話した。上院議員のスタッフの女性で、スーツケース1つで入居した私に、ベッドからキッチン用品まで全て貸してくれて、「私のものはみんな自分のものだと思って使ってね。」と言った彼女の恩は忘れられない。その後、何人かのルームメイトとアーリントンのアパートで暮らしたが、買い物を手伝ってくれたり、食事を作ってくれたりと、本当に親切にしてもらった。最初の頃は、ただ家とキャンパスを往復する毎日だったが、しばらくしてワシントン日米協会で日本語を教え始め、次第に街にも馴染んでいった。

ワシントンでは春に桜祭りというフェスティバルがあり、日本の伝統文化の公演や展示会が開かれ、日本食レストランや土産物の屋台が並ぶ。大学で日本語を教えながら、文化も伝えたいと思い、日本語科主催で「日本文化の会」を開いた。文部省派遣で研修に来ていた高校の英語の先生方にも協力をお願いして、茶道、書道、着付け、折り紙、長唄、剣道、柔道、空手などを紹介し、学生たちに体験させることができた。外国人が日本語を習い始めるきっかけは、漫画、アニメ、Jポップなど現代的なものが増えているとはいえ、アメリカで日本の伝統文化に直接触れることは珍しく、学生たちに好評だった。また、バージニアにある補習校、ワシントン日本語学校で三味線を弾き、日本人の小学生と一緒に歌う機会もあった。

私にとって最も大切な経験は、教会との出会いである。ワシントン日本人キリスト教会は、郊外のメリーランド州ベセスダにあり、地名の元になったベテスダ長老教会の一室を借りて礼拝を守っている。大学の日本人に誘われ通うようになって以来、牧師夫妻と教会の方々には本当にお世話になっている。母教会があるおかげで、ワシントンは心のふるさとだと言える。

つい最近、やはり自分はワシントニアンだと思えることがあった。知り合いから、ワシントン・ポストの記事が2008年度ピューリッツァー賞を受賞したと聞いて見ると、ユーモア・コラムニスト、ジーン・ワインガーテンの“Pearls Before Breakfast”(朝食前の真珠)(2007年4月8日付、W10)(以下リンク参照)だった。国際的ヴァイオリニストのジョシュア・ベルがストリート・パフォーマーを装い、朝のラッシュアワー時に駅前で弾いて、何人気付くかを試した企画である。結果は約40分間でたったの一人だった(日系アメリカ人女性)。いかにもワシントンらしいと言われそうな残念な話だが、ジーンのファンとしては愉快なことで、協力したベルのCDも買った。日本ではまだ馴染みの薄いワシントンの魅力を、もっと伝えていきたいと思う。
http://www.washingtonpost.com

著者紹介

高田 麻里 (Takada, Mari )

国際基督教大学教育学修士、ジョージタウン大学言語学博士号取得。2005年に帰国。現在は大学の英語・言語学講師。



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