10年ぶりのワシントン 佐藤 一絵(Sato, Kazue) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

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ワシントンと私

10年ぶりのワシントン:VIEWS 2008年冬号(第12号)掲載

佐藤 一絵(Sato, Kazue)

2001年8月中旬、ちょうど10年ぶりにアメリカ、そしてワシントンに足を踏み入れた。ワシントンはまだ盛夏の勢い、すぐ現地で購入したのはサンダルとノースリーブのシャツだった。

その9月から02年3月までの半年間、フルブライト・ジャーナリストプログラムでメリーランド大学政治学部の客員研究員として滞在するためにやってきたのだが、社会人になってほとんど勉強してこなかった英語の錆びつきようはひどく、最初の2週間はホームステイをしながらホワイトハウス近くの英語学校でマンツーマンの特別クラスに通った。その後、ヴァージニア大学にいた友人の紹介で、Silver Springにハウスメイトが見つかり、メトロの駅の目前という好立地のコンドミニアムでの生活がスタート。8月末からは大学の授業も始まって、久々に図書館に通いつめる日々に大変ながらも楽しく、うきうきとした気分で初秋を迎えていた。

ワシントンについてほぼ3週間後、9月11日の朝は、午前中に授業があったのだが、前日から風邪気味で体調が悪く、コンドの自分の部屋で眠っていた。すると、部屋の電話が鳴った。「ああ、よかった、ワシントンにいたのね」。東京の上司からだった。彼女が何を言わんとしているのかさっぱりわからず「は?」と聞き返した瞬間、隣のリビングルームからハウスメイトが大声で叫びだすのが聞こえてきた。慌てて駆けつけると、CNNの画面が、ニューヨークのワールドトレードセンターに航空機が激突した直後の様子を映し出していた。ワシントン方面でも爆発? キャピトルヒルの近く? いや、ペンタゴンに向かった航空機があるようだ、などとけたたましく叫ぶリポートの声も聞こえてきた。

新聞記者も9年目(当時)になると、自然と体が反応するものである。私はすぐに身支度をして、支局のあるプレスセンタービルに向かおう、と考えた。そもそもワシントンにきたのは、仕事から離れて、ゆっくり考え勉強する時間がほしいと思ったからだったのだが、このような緊急事態ではそうもいっていられない。とはいえ、ワシントンのメトロはすでに止まっていた。支局長の自宅に電話をし、とりあえず様子を見ることにして、ハウスメイトとテレビを見ながらまずは事態を飲み込もうとした。「Terrorist Attack」。オウム真理教のサリン事件以降、テロという言葉には多少慣れてはいたが、「Terrorist Attack」という響きがどうもしっくりこない。これは戦争になる。なぜかそう直感した。

ちょうどその10年前、1990年夏から91年夏まで、交換留学生としてマサチューセッツ州立大学に滞在していたときは、湾岸戦争の時代である。アメリカに着く直前にイラクがクウェートに侵攻し、冬休みでヨーロッパを旅行している最中に戦争が勃発。パリからボストンへ飛んだ帰りのパンナム機では、厳重な荷物検査をへて、乗客はジャンボにわずか10数人、という状態だったことを思い出す。そのとき初めて、テロを警戒する、ということを体感したのだった。戦争が終わった直後の3月が、初のワシントン旅行だったよなあ、それにしても、アメリカに来ると戦争に当たってしまうな…2001年9月11日、テレビの画面を見つめながら、漠然と感じたことだった。

そして正午過ぎ、バルコニーからメトロの線路のほうを見ると、地下鉄が動き出している様子。すぐに駅へ行き、閑散とした車両に乗った。Metro Centerの駅にはホームにも警備員がいたが、混乱した様子はなかった。その日から3日間は家に帰れず、支局長とともに原稿執筆に明け暮れた。

ワシントンは、世界中のインテリジェンスが集まる、かなり特殊な街である、と思う。その恩恵を、私のような一留学生も享受できるのが魅力だった。9.11テロ発生のその週のうちに、メリーランド大学では「米国はアフガニスタンに報復攻撃をするべきではない」というテーマで教授らが講演する集会が開かれていた。他の大学やシンクタンクなどでもテロに関するさまざまなフォーラムが相次いで開催された。事前登録して身分証があれば無料で参加できるのが素晴らしく、取材の合間にあちこちへ通った。テロ関係以外でも、半年の滞在中、ブルッキングスやCSISなどの各シンクタンクやNGOには相当お世話になった。東京ほど大きな街になってしまうと、かえって情報が多すぎて選択に困ってしまうが、ワシントンは良質な人材と情報が凝縮して存在しているところがありがたかった。

10月半ばまでは記者としての仕事を優先し大学には通えなかったが、その後は学生生活も満喫した。数多くの出会いにも恵まれ、いまも当時の友人、ネットワークにはお世話になっている。ワシントンでのお気に入りは、SmithonianのHirshhorn Museum、ハウスメイトや英語の先生と時々飲みにいったCapitol City Breweryのビール、Georgetown界隈の街並み。アイスホッケー、バスケットボール、アメフトと、趣味のスポーツ観戦も堪能し、あっという間に半年が過ぎ去った。

次にワシントンを訪れることができるのはいつだろう。そのときは、戦争には当たりませんように。

著者紹介

佐藤 一絵(Sato, Kazue)

(財)東京大学出版会編集部編集部員(社会科学担当)。北海道生まれ。93年~2005年まで北海道新聞記者として岩見沢総局、東京政経部などに勤務。ワシントン滞在中、現地の政策系大学院で学ぶ日本人留学生ネットワーク「DC@younglions」に参加、現在その日本版younglionsメンバー。



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