宝くじに当たった幸せ 文室 慈子(Fumuro, Yasuko) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

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ワシントンと私

宝くじに当たった幸せ:VIEWS 2007年秋号(第11号)掲載

文室 慈子(Fumuro, Yasuko)

書類を受け取るフリア
Alante Financial、Langley Park店にて
ローンオフィサー、マリア・フェルナンダから書類を受け取るフリアさん(右)撮影:文室慈子

フリア・アルバラード(61)さんは、私が勤める会社が経営する移民向け金融サービスセンターAlante Financialのお客さま。現在2回目のマイクロ・ローンを利用中である。はにかむような優しい笑顔が印象的で、数々の苦難を越えた強靭さを持つ人には見えない。

フリアさんは、1982年、37歳のとき渡米。当時、故郷エルサルバドルでは10年に及ぶ内戦が始まったばかりだった。フリアさんは当時、食堂を経営して生計を立てていたが、左翼ゲリラの戦士が食事に来たことをきっかけに、軍警察から閉鎖命令が出て、生活の糧を失った。5人の子供と歳の離れた妹を合わせた6人の子供を女手一つで育てていたフリアさんは、知人に子供たちを預けて単身渡米、子供たちが学校を出るまで、生活費、教育費を送り続けた。

中南米はカソリックである上、貧困層は子供を労働力とみなすため、多産である。男尊女卑社会であるから、フリアさんのようなシングルマザーは全く珍しくない。しかも、フリアさんは生まれて一度も学校に通ったことがなく、渡米当時は読み書きができなかった。不法入国し職を探すことは難しくなかったが、給与の小切手に、裏書署名することができなかった。そんなフリアさんに読み書きを教えてくれたのは、宗教団体「エホバの証人」だった。

ところで、米国在住のヒスパニック移民は半分以上が銀行口座を持たずに、現金暮らしをしている。金融アクセスが無い、という状況は、日本人には想像しにくい。しかし、貧困の格差が激しい中米では、銀行サービスは対象が一握りの裕福層に限られており、メキシコでは人口の30%、エルサルバドルでは20%、ニカラグアに至っては、10%しか銀行口座を持っていない。もともと銀行に馴染みのない人たちであるから、米国に来てもそのまま現金暮らしをするのは自然の成り行きだ。しかも、言葉が分からない国で、複雑な米国の金融サービスを使いこなすのは難しい。

フリアさんは少数派で、エルサルバドルでも銀行口座を持っていたし、渡米後も、86年にレーガン大統領の恩赦で永住権を取得すると、すぐに口座を開設した。ところが、クレジットサービスとなると話は別である。米国では収入の規模に関わらず、クレジットヒストリーが無いとクレジットカードを作れないし、ローンも利用できない。だから、クレジットヒストリーもできない。従って、外国人は渡米当初は不便を強いられる。恥ずかしい話だが、私もクレジットカードを手にしたのは、渡米後5年を過ぎてからである。

現金暮らしで蓄えが無く、ローンを借りることもできないと、事故や病気など、不測の事態に見舞われたときにダメージが大きい。送金に頼って暮らす母国の家族の生活は干上がってしまう。だからAlante Financialでは、クレジットヒストリーの無い移民貧困層に、マイクロファイナンスの手法を使って小口ローンを提供し、顧客の緊急事態への対応とクレジットヒストリー作成を助けている。

フリアさんはAlante店頭でローンを申し込んだとき、初めて自分のクレジットヒストリーに問題があることを知った。英語が読めなかったので、請求書だと分からず放置しておいたものが、債務回収業者に回され、クレジットヒストリーに傷がついていたのである。ローンオフィサー、マリア・フェルナンダに手伝ってもらって、すべて支払いを済ませ、現在は健全な信用履歴に戻っている。

フリアさんがAlanteで借りた最初のローンは、800ドル、NYで開催されたエホバの証人の会合に出席するための旅費に使った。

フリアさんの子供たちは、今では全員独立、米国内で働いている。「読み書きもできなかった私が、良くここまで来たでしょう」と微笑む。現在プエルトリコ人の夫と暮らしているが、家政婦の仕事を引退したら、旅行したいという。

米国生活は25年に及ぶが、英語は話せない。今でも封書が来ると、必ずAlanteに立ち寄りマリア・フェルナンダに内容を確認してもらっているそうだ。

戦火をくぐり、6人を育てるために、不法入国して、働き続けたフリアさん。読み書きもできず、英語も話せない彼女が乗り越えてきた苦難は、私には想像すらできない。彼女の人生は、しかし、エルサルバドルではよくある話しだ。現在米国に住むエルサルバドル人は270万人。この人たちが送る送金総額は33億ドル、GDPの17%を超える。

フリアさんが国を離れる原因となった内戦は、冷戦の産物である。地域の左翼化をなんとか阻止したい米国レーガン政権が、中東で秘密裏に武器を売却し、その資金を中米の工作につぎ込んで戦火は拡大した。結局、戦争で一番被害を被るのは、末端にいる無力な一般市民であることは、いつの時代も変わらない。貧困、社会混乱、今日に至っても未だなお、戦禍はエルサルバドルの社会に大きな爪あとを残している。

戦争、貧困が個人の生活に落とす影は、暗く重い。出稼ぎで壊れる家族も多い。Alanteでお客さんの話を聞くたびに、言葉を失う。なんというヒューマンキャピタルの無駄。しかし、世界人口の大半は、貧困、紛争地に暮らしている。人々は、黙々と現実を受け入れて暮らしている。

アメリカ人の同僚と、「私たちは宝くじに当たったね」と言い合っている。両親のいる家庭に育ち、学校に通わせてもらって、大学卒業後は就職し、衣食住足りて、安全に暮らす。こんな環境を当然のように受け止められるのは、たまたま生まれた時と場所に恵まれていたからだ、と気づいたのは、ワシントンで、今の会社に勤めてからである。

「帝国アメリカ」を動かして、世界に影響力を行使する米国のThe Best and The Brightestがワシントンのオモテの顔であれば、米国が関与した戦争のために国を離れ、一日に2つの最低賃金の仕事をこなし、母国の家族に送金し続ける移民たちは、ウラの顔かもしれない。

3億人を突破した米国人口の三分の一は移民が占めている。

著者紹介

文室 慈子(Fumuro, Yasuko)

マイクロファイナンス・インターナショナル・コーポレーション、広報担当。早大卒業後、都内の広告代理店勤務。99年にメリーランド州立大学でパブリックリレーションズの修士号を取得後、ワシントンでパブリックアフェアズのコンサルティング事務所に勤務、2004年7月より現職。



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