遠くなったアメリカ 有馬 佳子(Arima, Yoshiko) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

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ワシントンと私

遠くなったアメリカ:VIEWS 2005年秋号(第03号)掲載

有馬 佳子(Arima, Yoshiko)

この夏、私はある決断をした。14年越しで持ち続けた米国永住権の自主放棄。就労の自由を保証してくれた大切なカード。初めて受け取ったときには頬ずりさえしたのに。ひゃあ、もったいない。

私が12年間住んだワシントンを最後にしたのは、2000年春。当時頻繁に出張していた東京にマンションを買った意味は「日本への完全移住」ではなかったはず。家財道具の一部を置いて「またすぐ戻ります」とワシントンを去り4ヵ月後に妊娠。高齢出産で、飛行機に乗るなんてとんでもない!とか。その後は出産に阻まれ、生後3ヵ月で職場復帰。「子育て中って、海外出張しない・できない・やりたくないってことね」と遅まきながら気づく。数えてみるともうワシントンには5年以上のご無沙汰。でもそこは、私が20代後半からの独身時代を謳歌し、仕事に進路に恋愛にと悩みつづけた場所。遅い青春を送った甘美な、そして骨太な場所なのだ。

なのに、なぜ私はまたその土を踏もうとはしない?自分は出産以来何度もアメリカに来ている。永住権更新の為だけに乳呑み児を置いて単身ロサンジェルス入りしたこともある。夫の郷里シカゴを家族で年に1度訪ねてくるようになって既に3回もの夏がいった。そのたび、シカゴを起点に行けたはずのワシントンを我々は訪れず、その都市の漏れ聞く変容を語り「帰ることにあまり乗り気でないこと」を確認しあってきた。我々はワシントンで初めて出会い、結婚したカップルであるにもかかわらず、だ。

思うに、9/11事件が起こらなければ躊躇することなく、帰っただろう。ブッシュ政権でなければ帰っただろう。米国への国境をまたぐたびに体中を触られる「フィジカル・チェック」を受けたり、別室監禁の長い尋問に耐えなければならなかったりしなければ、ワシントンやアメリカを疎んじたりしなかっただろう。馴染み浅いシカゴであれ、アメリカ帰りには強い郷愁を感じるのだ。ましてや、それがかつて生活した場所であったなら。

でも、どの説明もあまり説得力がない。要するに、自分はトシをとって面倒くさくなったのだ。ワシントンは物理的に「遠い」のである。それは、私が政治都市ワシントンと関係の薄いビジネスをここ10年やっていることと無縁ではない。政治・政策やジャーナリズムの世界に自分が今もいたならば、米国で訪ねるべき第一の都市がワシントンDCである。でも、そうでなくなったいま、ITの世界にいるとシリコンバレーやアジアの国々のほうが心理的にも物理的にも「近い」。

アメリカを離れて住むと、永住権保持のためには最低1年に1回は米国入りすることが必要で(米連邦議会はこれを「半年に1回」とか短縮化を図っているらしい)、再入国許可証の更新も2年毎。この更新は、米国訪問中に行うことが必須でかつ更新申請書類がネブラスカ州に郵送到着する時点で米国領土内にいたという記録が残っていなければならない。日本にいても米国の税務申告は毎年必須で、日米二重課税。年金も積立金額/期間が二国間で通算されず、二重払い(年金問題だけは、なんとかこの10月に日米間の話し合いで解決することとなった)。移民弁護士のアドバイスどおりに行動していても入国審査現場の裁量権は大きくトラブルは避けられない(特に、9/11事件以後)。私は、こういった不自由やコストを乗り越えてまで永住権にもう固執したくなくなったのである。テロ対策を強化し、違法移民を排するアメリカの思うツボ、にはまったのだ。

人間の尊厳と精神の自由という価値を教えてくれたワシントンに、自分はいまも片思いをしているけれど、かつての片思いの相手にはいつまでも輝く存在であってほしいもの。納得のいく時期が来たら息子を連れて訪ねたい。若き外交官の卵として赴任し、挫折し、転職し、起業し、結婚した私にとっての大事な出発点であるその土地を。

著者紹介

有馬 佳子(Arima, Yoshiko)

1985-1991外務省。1995年現在の夫とPacificaCorp.(現Pacifica Malls



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