ディーバ、その野望 マーレィ 恵理子(Murray, Eriko) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

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ワシントンと私

ディーバ、その野望:VIEWS 2013年冬号(第32号)掲載

マーレィ 恵理子(Murray, Eriko)

ディーバへの序章

2010年4月、熱い心を抱きながら米国ワシントンのレーガン空港に降り立った。幼い高校生のころ、イリノイ州の片田舎に高校留学した先で同級生だったJimと再婚するために、はるばる当時住んでいたスリランカから日本を経由しての長い旅だった。

私はソプラノ歌手。「ディーバ(歌姫)」とはオコガマシイが、こう呼ばれる仕事をしている。もっとオコガマシイことを言うと、ひょっとして私は歌うために生まれて来たのではないかとさえ思う。


私は岡山県倉敷市で生まれた。先祖は岡山藩の家老で、明治になって男爵を頂いた旧家。わが父は将来を約束された幼年学校に通ったにも関わらず、血を見るのは嫌だと、医師にはならず中学の教師になった。日本で最初の公立学校である閑谷(しずたに)学校を誇る岡山県民である父は、その精神を受け継ぐすばらしい教育者であった。

私は、世間知らずの歌が好きな少女だった。15歳で声楽コンクールに勝っても、声楽家になる方法など知らなかった。周りに音楽家がいなかったことは実に不幸であったし、父の言葉通り音楽の道には進まなかった私だが、歌と縁が切れることはなかった。最初の結婚をした夫はスリランカ人パイロットだった。出会って数ヶ月で結婚した私はいつだって感覚で人生のサイコロを振る。だから、失敗もする。だが、スリランカに移り住んだことで、私は再び歌を始めることになるのだ。メイドや運転手のいる生活の中で、時間だけはたっぷりある。歌の個人レッスンを受けても、一回500円。私の中で火がついた。昔のように楽譜を読み新しく歌を教わる喜びを感じ、のめりこんだ。この発展途上国で師と仰ぐ人が見つからなくても、時間と飛行機のフリーチケットだけはある。東京で声楽セミナーに参加してみたら、手ごたえがあった。それではと、次はドイツはワイマールに住むソプラノ歌手の門を叩いた。この辺りから私の歌手道が本格化するのだった。その後、ワイマールには何度も飛び、キャリアを積むことになった。

人生の転機

2008年6月、何年もかかって離婚が成立したその数ヵ月後、現在の夫とソーシャルネットワークを通じて再び交流が始まり、その年の12月、娘と二人で彼を訪ねてワシントンに飛んだ。人生の中に再び風が吹き始めることになる。

彼はとても親切にもてなしてくれたので、これを機により親密になり、そして、結婚を考えた。直感だった。そしてその感覚を信じた。スピルバーグ氏も言っている、直感を信用しなさいって。

その後も、2010年に渡米するまで、相変わらずスリランカで歌い続けたが、アメリカでやるつもりは、実はなかった。ところが、あまりにも夫が背中を押すものだから、オーディションを受けてみた。すると受かってしまった。それが、7Sopranos®(http://www.7sopranos.com/)である。運命の2010年夏!サイは投げられた。

しかし、発音も音楽性も何もかもアメリカ道に変えねば、やっていけないことを痛感した。だから、レッスンに1時間100ドル支払わなければならなくても、今やらないと歌手として本当に終わりだと絶望しかけた時、再び転機が訪れた。メリーランド大学声楽科の名誉教授だったルイス先生に出会ったのである。彼女に自分を託し素直に従い一からやり直した結果、私は蛹(さなぎ)の殻を破った。そうして今の私が在る。


7Sopranos®というグループは非常にアメリカ的だ。それは例えば、1曲を7人で歌いまわすのだが、この絶妙なディーバ数珠繋ぎは、リハーサルを重ねた結果のテクニックである。初めて聴く人はびっくりする。ところが、このテクニックがオペラのアリアをコミカルにさせ、聴く人を退屈させない。百聞は一見に如かず。一度聴いてみないとこの面白さはわからない。

しかし、7人が皆ディーバだから大変だ。勝気でドラマティック、共に泣き笑いし、時には嫌味も言うが心根は熱い。本当にチャーミングなディーバたち。この7人に出会ったことは私の財産だ。ここに縁ありこうして生きているのは、ここで精一杯、彼らと一緒に行き着く所まで行くためなのだ。

さて、この7Sopranos®が、憧れの殿堂、NYのカーネギーホールから招待を受けた。今年(2013年)の秋にコンサートをすることが決まっている。「カーネギーに行く道知ってる?」「もちろん、知ってるさ、ハードワークだよ」という諺の如く、努力は続くのだが、経費もかかるからファンドレイジングもやっている(皆様ぜひご支援をお願いいたします。詳しくはHPをご覧ください)。でも夢をあきらめない。カーネギーの向こうにある人生を生きてみたい。だから、あきらめないのだ。

最後に

遠回りしてきた私の歩み、結構いいじゃない。ワシントンに来て、さらに数々の出会いが私を幸運へと導いてくれている。人生の中で何度も幸運のチャンスを掴めたのはこの出会いのお陰だ。実に私は幸せ者だと感謝している。家族はもちろんのこと、私を愛してくれる皆様のお陰でここまで来ることができました。本当にありがとうございます。沢山の愛を受けて私はさらに光に向かって飛び立つのです。

著者紹介

マーレィ 恵理子(Murray, Eriko)

岡山県倉敷市出身。ソプラノ歌手。スリランカではCM出演や映画の主題歌も歌った。



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