艱難、汝を玉にす ~がんばれ、日本! 柿本 礼奈(Kakimoto, Reina) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

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ワシントンと私

艱難、汝を玉にす ~がんばれ、日本!:VIEWS 2013年秋号(第35号)掲載

柿本 礼奈(Kakimoto, Reina)

人間の可能性は未知である - 目標は高く、大志を抱け

NYのウォール街で
NYのウォール街で

最近読んだ新聞記事によると日本の大学生で留学を希望する者が減っているという。理由はお金が無い、語学に自信が無い、といった消極的なものであった。しかし、根本的な理由は日本での生活に満足してしまってあえて外国に出向くまでの興味がないのではないかと思う。確かに日本ではあらゆる事物について正確で清潔で食べ物は何を食べても美味しい。そういった面では快適な国である。だが本当に皆幸せで満足しているのか?人生のゴールは皆それぞれ違うが、日本では目標はおおかた達成できる安全圏に定めるのが一般的であるように思う。親も教師も子供には無難な道を勧める。すると子供は無難な方向を模索することで高い目標があることすら忘れてしまい、結局、冒険することもなく既存の型に自分を当てはめることで平穏無事に生きる。しかし、たった一度の人生を不完全燃焼に終わらせてしまうのではもったいないではないか。それに無難な結果ばかりでは常識を超えて物事を考えることができる人材が育たないだろう。

思うに人間の可能性は未知である。体も脳も鍛えれば発達するが、使わなければ衰える。金剛石も磨かずば玉の光は得られないのである。お金やコネがないからとか、「人生こんなもんか」と諦めかけている人や「留学できるのはエリートの人たちだ」と決め付けている人に伝えたい。どんなことでも夢を持つこと、夢を実現させるための目標を持つことはいくつになっても大切だ。そして自分の可能性を信じて全力で真剣勝負に出ることも、人生の方向性を変えるときには必要である。何事も成せばなるのである。

人生奪還計画 - 旧弊からの脱却

日本での20数年間、 私の生活も無難路線にあった。というよりも、高い目標は持つことすら不相応だと信じ込まされていた。上を目指そうとすると「お前にそんな大それたことが出来るはずがない」と嘲笑されるばかりですっかり自分は何もできない無能な劣等生だと信じきっていた。確かに無知だった。日本の大学を卒業したがバブル崩壊後の就職難で、やっとのこと田んぼに囲まれた某企業の工場内の英文コレスポンデンスという仕事をするOLとして雇われた。学校で習っただけでそれまで実際に使ったことが無かった英語を初めて使い、どうやら先方の海外の顧客にはかなり通じているのに気付いて驚いた。

自分は何の取り柄もない大馬鹿者だと思っていたが、その頃から自分を嘲った人たちよりも語学も記憶力も洞察力も勝っているのではないかと薄々感じ始めた。そう感じるようになってから、それまで自信がないのと恐怖心で対人関係すら殆ど築けなかった自分の人格形成に関する出来事を振り返り、点と点を結びつけるような自己の模索が始まった。社会学、哲学、心理学、宗教学、歴史学、女性学等、興味を引く本を読みあさった。徐々に分かってきたことは、私の育った環境が厳格で保守的な家父長的メンタリティに基づいていて、家の者の邪魔にならないように自信を持たせず、自己を過小評価させられ、時には物理的な折檻も交えて何も欲しないように精神面で足かせを履かされていたこと。私を初めから女で長子でないことで劣等扱いして無力化させたことは、周囲の年長者の平穏無事を保証しプライドを維持するためでしかなかったのだ。自分がそんなシステムに組み込まれていたこと、それに20年以上も全く気づかなかったことに腹が立って悔しくなった。

このまま言いなりの人生では絶対イヤだと思った。自分はもっと何かしたい、何かできる、世界を飛び回って働きたい。2年間のOL時代に私は密かに人生奪還計画を練っていた。

ビンボーでも意志あるところに道は通じる - 渡米後3年にしてNY州の弁護士となる

NY公共図書館の有名なライオンと一緒に
NY公共図書館の有名なライオンと一緒に

私が渡米したのはかれこれ10年前のことである。渡米前の2度の米国旅行で、周りの目を気にしなくても自分を自然体のまま受け入れてくれるようなアメリカの雰囲気が気に入って、この国に住みたいと思った。渡米当初の「表向きの」目的は3ヶ月の語学留学で将来はバイリンガルのパラリーガルになることだった。文字通りたった一人でトランク一つ持って渡米した。軍資金は2年間OLをして稼いだ貯金のみ。米国でやれるところまでやってみるつもりだった。闘志と根性だけは旺盛にあった。3ヶ月の語学留学は6ヶ月に延び、その頃から長期戦に備えて語学学校が付属する大学のカフェテリアで食事つきの皿洗いのバイトをし、寮から家賃の安い2ベッドルームのアパートに引っ越して中近東出身の移民たちと4人でシェア。特別に受けさせてもらった大学の夜間クラスのパラリーガルコースも語学学校と並行して修了した。アドレナリン全開の日々が楽しくて仕方が無かった。

そんなある日、語学学校に来ていたボランティアのアメリカ人から「パラリーガルよりも弁護士になるべきだ」と勧められ、すっかりその気になってしまった。日本ではそんなことを言われたことがなかったから、自分にその器があると言われたような気がして嬉しかった。私にはお金もコネも経験もなかった。自分の可能性に賭ける一世一代の大博打だった。当時全米で授業料が2番目に安かったフィラデルフィアのロースクールに応募し、受け入れられた。授業についていくのは大変だったが新しいことを学ぶ楽しさの方が勝り、24時間開放されていたロースクールの法律図書館で毎日夜遅くまで勉強した。

卒業後、NY州の司法試験に受かったがその頃には貯金はほぼ底をついていた。州都アルバニーで行なわれる宣誓式に行くだけの飛行機代とホテル代、それと翌月の家賃を払うお金が無かった。日本の実家に無心するのは意地でも嫌だった。そこで新聞広告に出ていた某医療研究所に飛び込み、治験ボランティアとなってそこで得た補償金でアルバニーへ飛び、宣誓式を受けた。そんなこんなで、渡米後3年にして私は弁護士となった。まさにギリギリ、背水の陣で死に物狂いだった。しかし賭けに勝った。私の人生はそこから変わった。

DCで出会った日本の人々 - DCで垣間見た日本の社会構造

ワシントンDCには日本の政府機関から派遣されている人や大企業から研修または駐在で来ている人の方が永住者よりも圧倒的に多い。幾多のハードルを乗り越えてDCにやってきた彼らは優秀で、無難を目指す人々とは気迫が違う。もし10年前に私が日本での無難な人生路線で満足していたら、恐らく彼らのような日本の政治経済の上層部にいる人々の存在には気づかず、誰かが決めたシステムの中に自分を合わせて小さな世界の中でのみ生きていたことだろう。彼らと交流するにつれ、日本の社会構造が垣間見えて目からウロコが剥がれたような気がした。つくづく同じ日本人でも、性別や出身地等によって情報格差があり、きっかけを得るチャンス、資金源、家族からの影響、教育環境、等々が異なるものだと痛感した。また、そういった要素が個々の日本人の海外生活での難易度にも反映する。いわゆる「総中流社会」という社会はバブル崩壊前にも後にも本当は実存しなかったのかもしれない。

閑話休題。情報化と大量生産、大量輸送で可能となった政治経済のグローバリズムの波の圧力をよそに既存の社会システムに依拠した平穏無事の生活をどこまで維持できるだろうか。各国がしのぎを削る今日に、最初から妥協を前提とするような安易なゴールを目指している場合ではない。不況、災害、旧弊に負けず、老若男女を問わず大志を抱き、高い目標に向かって突き進むことを良しとする文化が日本にも育まれればよいと思う。

地元大学主催のミニ・トライアスロンに参加
地元大学主催のミニ・トライアスロンに参加

著者紹介

柿本 礼奈(Kakimoto, Reina)

米国弁護士・特許弁護士、大学卒業後、5年間の会社勤務を経て、渡米。米国ロースクールのLLM課程を卒業後、2004年、ニューヨーク州弁護士登録。2007年米国特許庁特許弁護士登録。現在、ニューヨーク州及びDCの訴訟事件等に関わりつつ、地元大学にて知的財産保護活動に携わっている。



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