俳優生活を諦めて渡米、ワシントンで和食店経営36年 安武 かず子(Yasutake, Kazuko) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

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ワシントンと私

俳優生活を諦めて渡米、ワシントンで和食店経営36年:VIEWS 2014年秋号(第39号)掲載

安武 かず子(Yasutake, Kazuko)

その場でアメリカ移住を決心

私は、バージニア州に永住している叔母を頼ってアメリカに来たのだが、実は移住はたったの一日で決心した。40年も前のことだった。一時帰国していた叔母が、「アメリカに帰る時あなたを連れて行ってあげる。でも、ビザ等の準備に2週間かかるので今日決心して欲しい。」と言った。私はその場で「お願いします!」と答えた。そのあまりにも唐突な提案にそんな答えを出せたのは、日本では何も失う物が無い、という当時の私の心理状態が存在していたからだろう。

失敗だらけの俳優生活

私が小学生の頃,母に勧められて児童劇団に入団し俳優修行の傍ら、当時映画の中心だった京都太秦(うずまさ)の東映撮影所で時代劇映画に子役で出演していた。でも子役としては背が高すぎたので良い役に付けなかった。

京都東映撮影所でデビューしたばかりの北大路欣也と記念写真
京都東映撮影所でデビューしたばかりの北大路欣也と記念写真

その後、21歳で東京に出て「俳優座」の試験を受けた。某大病院の副院長からの紹介状を持ちながら、「自力で試験に受かってやる!」と紹介状を捨て入団試験に臨んだが何百人という受験者がいて、あっさりとすべった。本格的な俳優修行をすると決心し東京に出て来たのに試験にすべり途方に暮れた。ところが、当時話題の寺山修司の前衛劇場「天井桟敷」で劇団員を募集していると聞きすぐその足で応募,今度は受かった。

ある日、「主役をやらせてください。」と寺山修司氏に話すと「じゃあ、劇団ではあくびをやめなさい。」と言われてしまった。昼間は劇団、夜はアルバイトと疲れきっていたのだ。でも、私を目に留めてくれているのかと嬉しかった。その後、端役ではあったが、詩の朗読やエキサイティングな役を貰い舞台活動を楽しんだ。

ところが、私が出演していた「犬神」という作品がヒットし、京都でも公演をする事になり頭を痛めた。頭が痛かった理由のひとつはスタービング・アーティストであった私は京都公演の実費が出せなかった。もう一つの理由は私の「役」にあった。実はエキサイティングな役というのは舞台で胸を出す役なのだ。大都会東京では抵抗が無かった役だが、古い風習の残る故郷の京都では芸術の為とはいえ、舞台で胸を出す事に親の理解が得られるかは疑問だった。結局「辞めます」の一言で2年間所属した劇団を去った。

その後、別の前衛劇団に籍を置いたが、そこでは役が気に入らず舞台を無断で休んだ。演出の男性が女装をして私の代役を務め好評だったが、無断で舞台を休むという俳優としてはあってはならない事をしてしまった。その後京都に戻りさらに1年間俳優修行を積んだが成果は思わしくなかった。

30歳で店を持つ

開店当時のMatuba のスタッフと.筆者右端
開店当時のMatuba のスタッフと.筆者右端

そんな訳で、叔母の誘いにあっさりと乗り日本を離れ、2年後にアメリカで自分の店を持つ計画のあった今の主人と結婚し、30歳で自分達の店を持った

開店第一日目は、「寿司の食べ放題」で話題を呼んだ。当時は高級だった寿司を安い値段で食べ放題と聞き予想以上の客が来た。どんどん来る客に応対が出来ず、開店わずか30分後には入り口のドアをロックし、既に入店しているはみ出さんばかりの客の応対に大わらわとなった。客が入りすぎて寿司が間に合わなかったが、気がついてみると、ある客が勝手に寿司カウンターに入り他の客の寿司を作っていたという驚いた出来事もあった。

当時ワシントンDC地域には日本食店が5軒しかなく、平均年齢の高いサービス・スタッフが多かった。若いスタッフを集め、今までに無い雰囲気を持つ私達の店はあっという間に人気を集め、毎日大勢の客を呼んだ。人種、性別に拘らず寿司職人を養成したり、メニューも前例のない物をどんどん取り入れた事などが新鮮に思われたのだろう。

有名になり,一時は私達の店の名「松葉」を真似て「落ち葉」、2軒目の店「アペタイザープラス」を真似て「アペタイザープラス2」という名の店が近くに出来、有る店では私達のメニューをゼロックスコピーした物を使っていると聞いた。

今から考えてみると経営の苦労話は特別無い。開店以来無我夢中で36年と言う月日があっという間に楽しく過ぎたと思える。勢いに乗って一時は店が4軒にまで増えたが、今はもとの1軒に戻り、リタイアを考えている。最後まで流行る店を維持出来なかったことは少し残念だが、元従業員の20人以上が自分の店を出しているという、パイオニア的な存在であることを誇りに思う。

著者紹介

安武 かず子(Yasutake, Kazuko)

1948年京都生まれ。子供の頃より舞台俳優を目指し,京都では故毛利菊枝の劇団「くるみ座」、東京では故寺山修司の「天井桟敷」他に籍を置く。24歳でアメリカ移住を決断し、現在はBethesdaで夫と「Matuba」を経営。長野市民新聞のコラム「星の町から–ポトマック」を受け持ち5年目。



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