人生の転機に「師ワシントン」あり 澤本 亜紀子 (Sawamoto, Akiko) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

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ワシントンと私

人生の転機に「師ワシントン」あり:VIEWS 2015年夏号(第42号)掲載

澤本 亜紀子 (Sawamoto, Akiko)

はじめて私がワシントンの地に降り立ったのは、今から遡ること17年前。6年間のワシントン滞在の後、しばらく他の地域を放浪し、思いがけず昨年、約10年ぶりに戻ることになった。振り返ってみると、私にとってワシントンは人生の転機に現れる、時に厳しく、時に優しく手を差し伸べてくれる師のような存在だと感じる。

はじめて尽くしのワシントン生活

最初の留学から十数年ぶりに訪れたジョージ・<br />ワシントン大学人類学部の前で
最初の留学から十数年ぶりに訪れたジョージ・
ワシントン大学人類学部の前で

一度目のワシントン滞在は、文字通り「はじめて尽くし」だった。はじめての英語圏での暮らし、長期留学、そして社会人生活。両手では数え切れないほどのトラブルやハプニングに見舞われながらも、それを上回る新しい出会い、体験、チャレンジがあった。留学当初は、毎日の英語のシャワーに疲れ、部屋から出ることさえ億劫になり、些細な行き違いやトラブルが原因で勉強にも身が入らなくなってしまう始末。授業を録音し、家に帰って再度聞き直すも、聞き取れないところはやはり何度聞いても分からない。語彙を増やすために英英辞典を使うことを薦められ、知らない単語を引いてみるものの、そのことばの説明に使われている単語の意味が分からず、堂々巡り。

一進一退を繰り返す中で身につけた知恵は、分からないときは周囲に聞き、助けを求めることだった。友人をはじめ、留学生にとって身近な存在である留学生オフィスのアドバイザーにもコンタクトを取り、学業や日々の生活で困っていることについて相談した。また、多少の好奇心も重なり大学のカウンセリングセンターに通ったこともあった。録音を通じた復習には限界があると気づいてからは、教授たちのオフィスアワーに毎週赴き、授業で理解できなかった部分をもう一度説明してもらったり、クラスメートにノートをコピーさせてもらったりした。幸い、どの先生もクラスメートも大変快く助けを差し伸べてくれた。中には、「今週は所用でオフィスアワーを変更せざるを得ないから、この日のこの時間に代わりにいらっしゃい。」と、前もって予定の変更まで教えてくださる先生もおられた。また別の先生は、はじめてのComprehensive Examと呼ばれる試験目前、苦手科目の試験を突破するのはまず無理だと悲観的になり、諦めて日本に帰ろうとした私に、「この試験を受けて仮に失敗したってこの世の終わりではないのだから、まずは受けるだけ受けてごらんなさい。」と励ましのことばをかけてくださったうえ、「何かあればいつでも電話してきなさい。」と自宅の電話番号を手渡してくださった。

周囲の温かいサポートを受け無事卒業した後、縁あってワシントンにある国際機関に就職する機会を得た。留学時は、在籍していたプログラムで唯一の外国人留学生だったが、職場は実に国際色豊かであった。所属していたチームはアルゼンチン出身のマネージャーを筆頭に南米、北米、アジア、アフリカ、ヨーロッパを含む世界各国の出身者が協働して業務に取り組んでいた。職場の同僚らと週替わりで、それぞれの出身の料理が食べられるレストラン巡りをしたのは、今でも良い思い出である。

ワシントンを離れて

留学前から希望していた国際協力の現場を垣間見ることができた経験は何ものにも代えがたいものであったが、ワシントン滞在6年目を迎えた頃、私の中の「放浪虫」が騒ぎ始めた。父親の仕事の関係で幼少の頃から国内外での転勤生活が続き、ひとつの街で6年以上暮らしたのはワシントンがはじめてだった。日に日に募る新天地で新たなチャレンジをしたいという思いに加えて、留学時代に専攻した人類学の専門性を高めたいというかねてからの希望もあり、2004年の秋、上述の国際機関を退職し、住み慣れたワシントンに別れを告げた。

ワシントンを離れて最初に向かった先は、イギリスの大学街オックスフォード。歴史的な趣ある街での大学院生活は新鮮で有意義ではあったものの、生活環境にはあまり馴染めぬまま、一年間の修士課程修了後、ニューヨークにて博士課程に進学した。コースワーク、Comprehensive Examを経て博士候補生(Ph.D. Candidate)となった後、博士論文のためのフィールド調査を行うため、ベトナムへ向かった。2年間に渡り、首都ハノイに暮らす出稼ぎ家族の日々の生活を追い、急速な経済発展の影で広がる都市部での出稼ぎ住民の社会的疎外の現状や、変容しつつある人々の社会的なつながりやコミュニティーへの帰属意識について考察した。久しぶりのアジア圏での生活は、気候も食べ物も合い、慣れるのにさほど時間はかからなかった。知り合った当初は少しよそよそしいながらも、一度内輪に入るととても密な人間関係を築く傾向のあるベトナム人の友人たちやリサーチに協力してくれた方々との交流を通じて、日々多くの新たな発見があった。

ベトナム滞在後、長年憧れの地であった南仏で研究留学をする機会に恵まれ、ベトナム研究をされている教授が所属する研究所で、論文のデータ分析や歴史資料の収集等を行った。滞在中、地元の小学校の異文化理解の授業に呼ばれ、日本のほか、これまでにフィールド調査を行ったアフリカや東南アジアの国々の暮らしや文化を紹介する機会もあった。フランスでは度重なるストライキに辟易することもあったが、日々の暮らしを心豊かに楽しみ人生そのものを深く味わおうとする、アール・ド・ヴィーヴル (Art de Vivre) の精神から大切な生きる知恵を学んだ。

10年ぶりのワシントン

フランス留学の後、博士論文を書き上げるためニューヨークに戻り、約1年間、寝ても覚めても論文執筆の日々を経て、昨年5月に卒業した。その後、不思議な縁に導かれて、約10年ぶりにワシントンに戻り、二度目の社会人生活を送っている。

ワシントンを離れ、異なる地域での暮らしや新しい経験を重ねる中で常に感じていたのは、ワシントンで身を持って学んだ「聞くこと、チャレンジすることを恐れない」ことの大切さである。二度目のワシントンでこれからどんなチャレンジが待ち受けているのか、こわいようで楽しみでもある。きっとまた、「師ワシントン」が新たな体験や試練を通じて私を鍛え、育ててくれるはずだ。

著者紹介

澤本 亜紀子 (Sawamoto, Akiko)

コロンビア大学博士課程(教育人類学)修了。2014年夏より二度目のワシントン滞在中。



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