飛び続ける私  フリード あけみ(Freed, Akemi) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

VIEWS

ワシントンと私

飛び続ける私 :VIEWS 2016年冬号(第44号)掲載

フリード あけみ(Freed, Akemi)

機上から見たアラスカのデナリ山(マッキンリー山)
機上から見たアラスカのデナリ山(マッキンリー山)

将来の夢はスチュワーデスになって、世界中を飛び回ること。小学校の卒業文集にそう書いたのを覚えています。私の年代の女の子なら、誰もが憧れたスチュワーデスという職業。でも、私の場合は、あの頃(1980年代前半)流行ったテレビドラマに影響を受けたわけではなく、一級建築士のエンジニアとしてアジアや中東の国々を飛び回っていた父の影響なのです。

田舎育ちの私には、父が持ち帰ってきた異国の民芸品や食べ物がとても新鮮で珍しく、父のする土産話を目を輝かせながら聞き、父が撮ってきた写真を何度も何度も食い入るように見た記憶があります。そして、父は外国に行くために乗る飛行機の話もたくさんしてくれました。飛行機に乗ったなんて言うと、クラス中のみんなが大騒ぎをする時代でした。学校の帰り、レンゲ畑に寝転がり、田舎のすきぬけるような広い青空を、白い線を描きながら飛んでいく飛行機を眺め、大空を飛びたい、外国に行く仕事がしたい、飛行機で働きたい、と強く思うようになりました。

現実

その後、高校、大学と進学し、将来をより現実的に考えるにつれ、子どもの頃の夢は、すっかり記憶の隅に追いやられてしまいました。建築士の父は、女の私にも、父と同じ仕事に就いて欲しかったみたいです。でも、数学が大の苦手だった私は、当然、父の望みどおりにはいかず、親友と一緒に、今でも就職人気企業のトップである某旅行会社に就職してしまいました。OL(今は死語かもしれません)時代は、忙しくも楽しく、生涯の友を得ることもできました。私は男女雇用機会均等法施行一年生なのですが、慣習を一夜にして変えることは難しく、多くの矛盾を感じました。そんな折、アメリカ人の親友を訪ね、彼女の住むここワシントンDCに約3年間居着くことになりました。

その後、日本に戻り、古巣の旅行会社で再び働き始めました。それから半年くらい経った頃、ふと目にした英字新聞に、米系航空会社の空港職員の募集がありました。その募集が忘れかけていた幼い頃の夢を思い起こさせてしまったのです。そして、成田空港で働き、いつか夢を実現すべく、飛ぶ機会を窺っていました。フライトアテンダント(スチュワーデスという言葉は既に死語になっていました)になるには、アメリカ永住資格がなければなりません。約5年後、永住権取得直後に、フライトアテンダントの面接を受けました。

夢を実現

さて、訓練の日程も決まり、アメリカ、私の第二のふるさと、ワシントンDCに永住者として舞い戻ってきました。東京の満開の桜に見送られ、ワシントンの満開の桜に迎えられました。

訓練は本社のあるテキサスで、朝5時から夜遅くまで約2か月間、それは厳しいものでした。ましてや、私には言葉のハンディキャップがあります。アメリカ人でさえ、付いていけなくて、ドロップアウトしていきます。フライトアテンダントの一番大切な任務は安全です。様々な緊急事態に対処できるよう、繰り返し徹底的に叩き込まれます。時には不意打ちで、寝静まった真夜中に火災報知器が鳴り、いかに落ち着いて避難できるか見られたりします。また全ての機種のたくさんある安全器具の設置場所も暗記させられます。訓練の大半は、華やかに見える仕事とは裏腹の安全要員としての訓練なのです。

そして、厳しい安全訓練の後は、機内サービスの訓練です。2001年の不況以来、機内サービスは寂しいものになってしまいましたが、それ以前のファーストクラスのサービスは、サービスのしがいがある、すばらしいものでした。キャビアにスモークサーモン、お口直しのソルベ、ステーキの極上品シャトーブリアンは機内で焼きます。朝食の卵はどのようにいたしますか?お好みに調理いたします。

飛びます!

仲良し3人組(左端が筆者)
仲良し3人組(左端が筆者)

緊張の初フライトから20年弱。基本的には日本便に乗務しますが、様々なところにフライトしました。ヨーロッパをはじめ、ハワイの島々、インド、中国、カリブの国々、中南米、そして、アメリカ国内。

機上から息を呑むような素晴らしい景色をたくさん見ました。夜空に揺らめくオーロラ、アラスカの壮大な氷河、いつも美しい姿をみせるデナリ山(マッキンリー山)など。 カムチャツカ半島の火山は煙を吐いていることも。北極海の氷は、20年前と比べて明らかに減少しています。

お客様も百人百様、いろいろな方がいらっしゃいます。緊急事態、びっくりするような事件、おもしろいこと、機内ではありとあらゆるドラマが起こりますが、いかなる時も、安全第一、笑顔で親切に応対、を心がけています。

一見華やかに見える仕事ですが、時差との闘い、また世間の皆さんがお休みのホリデーシーズンに、家族や恋人、友人を残して、フライトに向かわなければならないという辛さもあります。でも、私にとって、その様々な犠牲を払ってでも魅力のある仕事なのかもしれません。2001年以降、安全により重きがおかれ、その分サービスが簡素化され、飛行機の旅も不便さが増しました。それでもお客様に空の旅を楽しんでいただけるよう、今日もスカーフをキリリと締め、ウィングを付けて、飛びます。そして、これからも飛び続けます。

自分が好きなことを生業にできた私は、本当に幸せなのかもしれません。この美しいワシントンに住んでいることも含めて。長いフライトを終えて、ワシントン・ナショナル空港に着陸する時、眼下に国会議事堂、モニュメント、リンカーン・メモリアルが見えると、あー、おうちに帰ってきた、とほっとするのです。

著者紹介

フリード あけみ(Freed, Akemi)

兵庫県姫路市出身。京都女子大学短期大学部卒。在ワシントン延べ22年。 



お知らせ

2019/02/01
VIEWS 2019年冬号を公開しました。
2019/11/01
VIEWS 2018年秋号を公開しました。
2018/08/01
VIEWS 2018年夏号を公開しました。
2018/05/01
VIEWS 2018年春号を公開しました。
2018/02/01
VIEWS 2018年冬号を公開しました。
2017/11/01
VIEWS 2017年秋号を公開しました。
2017/08/01
VIEWS 2017年夏号を公開しました。
2017/05/01
VIEWS 2017年春号を公開しました。
2017/02/01
VIEWS 2017年冬号を公開しました。
2016/11/06
VIEWS 2016年秋号を公開しました。
2016/08/06
VIEWS 2016年夏号を公開しました。
2016/05/01
VIEWS 2016年春号を公開しました。
2016/01/30
VIEWS 2016年冬号を公開しました。
2015/11/01
VIEWS 2015年秋号を公開しました。
2015/07/26
VIEWS 2015年夏号を公開しました。
2015/04/26
VIEWS 2015年春号を公開しました。
2015/01/04
VIEWS 2015年冬号を公開しました。
2014/10/09
VIEWS 2014年秋号を公開しました。
2014/07/18
VIEWS 2014年夏号を公開しました。
2014/4/21
VIEWS 2014年春号を公開しました。
2014/1/23
VIEWS 2014年冬号を公開しました。
2013/10/08
VIEWS 2013年秋号を公開しました。
2013/07/08
VIEWS 2013年夏号を公開しました。
2013/04/08
VIEWS 2013年春号を公開しました。
2013/01/09
VIEWS 2013年冬号を公開しました。
2012/10/15
VIEWS 2012年秋号を公開しました。
2012/07/09
VIEWS 2012年夏号を公開しました。
2012/04/09
VIEWS 2012年春号を公開しました。
2012/01/17
VIEWS 2012年冬号を公開しました。
2011/10/12
VIEWS 2011年秋号を公開しました。
2011/10/12
VIEWSバックナンバーを追加しました。
2011/07/12
VIEWS 2011年夏号を公開しました。
2011/04/06
VIEWS 2011年春号を公開しました。
2011/01/11
VIEWS 2011年冬号を公開しました。
2011/01/11
VIEWSバックナンバーを追加しました。

更新履歴

2019/02/01
VIEWS 2019年冬号を公開しました。
2018/11/01
VIEWS 2018年秋号を公開しました。
2018/08/01
VIEWS 2018年夏号を公開しました。
2018/05/01
VIEWS 2018年春号を公開しました。
2018/02/01
VIEWS 2018年冬号を公開しました。
2017/11/01
VIEWS 2017年秋号を公開しました。
2017/08/01
VIEWS 2017年夏号を公開しました。
2017/05/01
VIEWS 2017年春号を公開しました。
2017/02/01
VIEWS 2017年冬号を公開しました。
2016/11/08
VIEWS 2016年秋号を公開しました。
2016/08/08
VIEWS 2016年夏号を公開しました。
2016/04/20
VIEWS 2016年春号を公開しました。
2016/02/01
VIEWS 2016年冬号を公開しました。
2015/11/01
VIEWS 2015年秋号を公開しました。
2015/07/26
VIEWS 2015年夏号を公開しました。
2015/04/12
VIEWS 2015年春号を公開しました。
2015/01/04
VIEWS 2015年冬号を公開しました。
2014/10/09
VIEWS 2014年秋号を公開しました。
2014/07/18
VIEWS 2014年夏号を公開しました。
2014/4/21
VIEWS 2014年春号を公開しました。
2014/1/23
VIEWS 2014年冬号を公開しました。
2013/10/08
VIEWS 2013年秋号を公開しました。
2013/07/08
VIEWS 2013年夏号を公開しました。
2013/04/08
VIEWS 2013年春号を公開しました。
2013/01/09
VIEWS 2013年冬号を公開しました。
2012/4/9
VIEWS 2012年春号を公開しました。
2011/10/12
VIEWS 2011年秋号を公開しました。
2011/10/12
VIEWSバックナンバーを追加しました。
2010/12/22
VIEWSバックナンバーを追加しました。
2010/10/14
VIEWS 2010年秋号を公開しました。
2010/10/10
Webサイトをリニューアルしました。

バックナンバー

2019年
2019年冬号(第56号)
2018年
2018年秋号(第55号)
2018年夏号(第54号)
2018年春号(第53号)
2018年冬号(第52号)
2017年
2017年秋号(第51号)
2017年夏号(第50号)
2017年春号(第49号)
2017年冬号(第48号)
2016年
2016年秋号(第47号)
2016年夏号(第46号)
2016年春号(第45号)
2016年冬号(第44号)
2015年
2015年秋号(第43号)
2015年夏号(第42号)
2015年春号(第41号)
2015年冬号(第40号)
2014年
2014年秋号(第39号)
2014年夏号(第38号)
2014年春号(第37号)
2014年冬号(第36号)
2013年
2013年秋号(第35号)
2013年夏号(第34号)
2013年春号(第33号)
2013年冬号(第32号)
2012年
2012年秋号(第31号)
2012年夏号(第30号)
2012年春号(第29号)
2012年冬号(第28号)
2011年
2011年秋号(第27号)
2011年夏号(第26号)
2011年春号(第25号)
2011年冬号(第24号)
2010年
2010年秋号(第23号)
2010年夏号(第22号)
2010年春号(第21号)
2010年冬号(第20号)
2009年
2009年秋号(第19号)
2009年夏号(第18号)
2009年春号(第17号)
2009年冬号(第16号)
2008年
2008年秋号(第15号)
2008年夏号(第14号)
2008年春号(第13号)
2008年冬号(第12号)
2007年
2007年秋号(第11号)
2007年夏号(第10号)
2007年春号(第09号)
2007年冬号(第08号)
2006年
2006年秋号(第07号)
2006年夏号(第06号)
2006年春号(第05号)
2006年冬号(第04号)
2005年
2005年秋号(第03号)
2005年夏号(第02号)
2005年春号(第01号)
これまでの特集
私が出会った芸術家
移民として生きる
持たない生活
マイアート
海外で第二次世界大戦の歴史に直面する時
トランプのアメリカ
女性と政治
ファミリー・ネームから考える家族関係
シングル・マザー
日本と海外の子育て事情
非営利団体(NPO)で働く
国際機関で働く
マイブーム ~ 私がいま夢中になっていること
世界の新年の祝い方
Eデート体験記
サッカーへの熱い想い
世界に散らばる家族
語学習得への道
40代の過ごし方
日本にいる高齢の親を想う
ソーシャル・メディア
留学の意義を再び考える
復興へ
離婚
地震
高齢になったら
ボランティア
各国出産体験記
受験事情あれこれ
医療保険
新しい日米関係
食を考える
身近に感じる経済不況
異文化の架け橋
女性の社会進出
NPO
2008年大統領選挙
ワシントニアンが伝授する知られざるDCの楽しみ方
環境:私たちにとっての地球
芸術
国際協力
医療
教育への思い
私の夏
戦後60周年特別企画II
戦後60周年特別企画I
ワシントンと私
連載一覧
ワシントンと私
人・マイライフ
世界の街から
世界の家庭料理
家族の風景
私の本棚
旅・ギャラリー
特別寄稿
随筆