KAZUO ISHIGURO著 NEVER LET ME GO(日本語題 『わたしを離さないで』) 川本 孝子(Kawamoto, Takako) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

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KAZUO ISHIGURO著 NEVER LET ME GO(日本語題 『わたしを離さないで』):VIEWS 2015年秋号(第43号)掲載

川本 孝子(Kawamoto, Takako)

2006年Vintage社発行
2006年Vintage社発行

あなたという人がわからない

世界的に評価されている大作家のこの傑作を、今さら私がここで絶賛する必要などないのですけれど、わざわざこの機会に引っぱり出そうとしたのにはいくつか理由がありまして。世間の評価をよそに、私の周囲ではこの本をいっしょになって喜んでくれる人が今のところ、たったの一人しかいないのです。それどころか、この本を勧めてしまったがゆえに、私と言う人間を何やら不思議な目で見始めたらしい、人が数人います。「あなたが何を考えているのかわからない。」「やっぱりここまでの付き合いかしら。」と、みんなの顔は言っていました。そしてさらに、「自分は読み終えることができなかった。寝てしまった。」と言う人も何人か。というわけで、先日、「この本、私も大好きです。」と、大変久しぶりにSNSで再会した古い友人が偶然そう言ってくれるまで、なんとなく、極めて狭い世界で私は臆病者になり、この本が好きだということは自分の心の中に封印し、それ以上だれにも言わずにいたのでした。

気味が悪いって!?

読み終わって閉じた指が震えたほどの感動作です。なのになぜ、何人もの知り合いが、顔色を変えて拒絶したのだろう?この機会に考えてみることにしました。彼らの真意は文字にすると概ね、「気味が悪い。」ということなようです。この物語の描写は決して文字通りに気味が悪いわけではありません。文章はあくまでも淡々としていてとても静かです。牧歌的な風景の中に、地味だがお行儀の良さそうな寄宿学校に暮らしているのだろうか、という子供たちの生活が紹介されるばかり。実に、質素に、謙虚に、淡々と。そして割合延々と紹介されるものですから、「読み終えられなかった」人々は、あまりに静かなこの生活の向こう側に秘められているものが何なのか分かる前に、爆弾が落ちる前に、眠りに落ちてしまったのだろうと思われます。無理からぬことでもありますが、残念至極です。一方、「気味が悪い」と称した方々は、人間というものがどこまで何をしてしまうか、というよくある設定と、その脅威にもかかわらずあまりにも静かに進行するストーリーとのギャップに奇異を感じたのではないかと思われます。極めて静かな中で提示される人間と言う生き物の恐ろしさに対して、自分は決してそのような生き物の一味ではない、と防衛的な姿勢をとった瞬間に、とても「気味が悪く」なるのではないかと推察されます。

答えのない自由

私は、爆弾が落とされたとき(本当に落ちるわけではありません)、その見事さに、叫びました。文字通り「やられた!」のです。ただ、爆弾が落ちて終わりなら、単に謎解き物語で、どうということはないのですが、この作品はその爆発の後処理が秀逸なのです。作家はあくまでも淡々としたストーリーラインを維持して、読者に「この後どうなるの?」「どうするの?」と問いかけさせます。主人公たちには「なぜ?」という問いが発せられます。想像力を掻き立てられて読み進むわけですが、実に、問いの答えは与えられません。読み手は、問いを抱いたまま、放っておかれます。そして、その突き放し方が本当に美しく、作家の手腕にため息をつくばかりです。『わたしを離さないで』と言いながら思いきり突き放されてしまう・・・。

ただ、小説の読者には、突き放されたり、問題の提示をされて答えを与えられなかったり、というのは望まない人も多いようです。ずんずんと読んでいき、次の展開を、冒険を期待し、宙を舞ったりした後に、無事に着地するのを待っていたりします。着地して、落ち着くことである一定の満足を得る、これも無理からぬことです。例えるならば、叱られた子供が「自分でよく考えてみなさい!」と廊下に立たされて放っておかれる、この感覚を受け入れられないと、とても居心地の悪い読書になってしまうという感じでしょうか。まあ、廊下に一人ぼっちで立たされるのは普通は嫌いですよね。

しかし、廊下に立たされた子供は、実は結構自由です。嫌いな授業を聞く必要もなく、ちょっとぐらいどこかへさまよい出てもきっと誰も気がつきません。期待された理解(があったとしても)を離れて、作品をいかようにも反芻できます。私は何度も、そっと主人公たちの隣に忍び込み、静かで、どちらかというと寒く、どちらかというと色彩に乏しい、質素で、やや面白みに欠ける彼らの世界に身を置いて、彼らを感じてみます。初めてこの本を読んでから数年の間、折々にこんな行為を繰り返し、この頃ようやく私は問いの答えを得たように思います。

ただ生き物であれば

人は職業であるとか、社会的地位であるとか、家族や親せき関係など、様々な鎧や装飾品を身に付けて暮らしています。それが私たちを私たちにしている、そういう意味合いも強いかと思います。この物語は、鎧や飾りを全てはぎとって、ただの生き物でありさえすれば(文字を読めさえすれば)だれでもが100%作品世界を堪能できる、素朴で根源的な作品です。鎧も飾りも役には立たず、どんな読者も同じスタートラインに立つばかり。自分を包む殻を脱ぎ、一つの柔らかな生命体として時にはこんな本に浸ることは、ある種の喜びであるような気がします。

「一体どれだけ、気味が悪いのだろう?」という好奇心からでも、この本を手にとって頂ける人が新たに何人かいらしたらいいな、とニヤニヤしながらくくります。

著者紹介

川本 孝子(Kawamoto, Takako)

東京に生まれ、神奈川県で育つ。現在メリーランド州在住。兎にも角にも映画好き。



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