日米の市民社会とNPO 上野 真城子(Ueno, Makiko) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

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特集:非営利団体(NPO)で働く

日米の市民社会とNPO:VIEWS 2015年秋号(第43号)掲載

上野 真城子(Ueno, Makiko)

アメリカの社会とNPO

古希を越える私の人生を振り返るとき、結婚と家族を別として、仕事そして生き方において大きな影響を受けたのはアメリカとの出逢い、そのデモクラシーと市民社会との出逢いです。特にそれはいまから30年ほど前、ワシントンDCのシンクタンク、アーバン・インスティテュートで働くようになってからのことです。ここで私はアメリカの、公共政策研究に携わることになったのですが、それは同時に市民社会と非営利団体=Non Profit Organization(NPO)に出逢ったということでした。(詳しくは私の関学退職最終講義 を読んでいただければ幸いです。)私は、アメリカの最良の部分は、そのデモクラシーと市民社会の理念の追求にあると確信しました。その理念の追求の担い手として多くの民間非営利組織NPOの存在があると気づいたのです。

1986年から私は学会誌などを通じて市民社会と民間非営利組織(当時、まだNPOという言葉は日本にはありませんでした)の紹介を始めました。1990年からは積極的に市民社会と非営利組織の役割を多くの主要な新聞雑誌に書き、日本に行き講演して回りました。この活動は日本の市民社会を鼓舞することに多少は寄与したものと思います。それから10年後、日本で活動された多くの方々の努力の結果、1998年に日本にNPO法が出来ました。これは明治時代からの民法上、官庁に縛られた公益活動を自立的市民活動とし、日本の市民社会の成長に大きな意義を持つことになりました。

日米NPO交流

今年から、私は日米の災害後のコミュニティー開発における日米草の根交流活動という研究と計画交流プロジェクトに研究者として無料奉仕参加をしています。これは国際交流基金日米センター(CGP)の支援を得たもので、ニューオーリンズとガルベストンという巨大ハリケーンに被害を受けた米国2都市と東日本大震災を受けた岩手県宮古市と阪神淡路大震災から復興した神戸市の2都市が対象です。3年にわたる交流は今年6月に米国からのNPOと都市計画関連の行政関係者が2都市を訪れてスタートしました。私は久しぶりに日米のNPOと市民社会の現在について、その一端を比較する機会を得ました。

日米市民社会の比較

NPO法成立から17年を経て、日本のNPO法人数は 約5万、日本人2500人あたり1つのNPOが存在することになります。それはGDPの4.8%を占め、その雇用者数はボランティアをフルタイムに換算すると全雇用者の4.2%です。これに対し、米国国税庁によればNPOは152万、アメリカ人200人あたり1つのNPOがあります。これはGDPの5.5%、雇用者数では9.8%を占めます。

NPOによる市民社会の経済規模は、民主主義体制をとる自由市場経済社会において国家、政府と国民、市民との関係を明瞭にする指標といえます。それは相互に柔らかな変革を可能にし、過ちの多い国家政府に対する、個人の尊厳と価値を希求するための不可欠の道具です。

デモクラシーは永遠の前進過程であり、市民社会は、必要悪としての大きな権力を監視、限定、分散させていかなければなりません。特に国家権力行使の機構としての政府を監視し、賢くし、市民に「値するもの」としなければなりません。市民社会は、市民を代表するリーダーシップを育て、政治家を育て、よき政治家を統治のシステムに送り出し、つねに政治と社会の問題の解決と変革に尽くしてもらわなければなりません。さらには市民が政策の優先性を議論し、政策を作り、政策を監視し、評価し、改革することが出来なければなりません。そうした市民社会の創成と次代の市民を育てることは、市民社会の重要な役割です。

NPOを強化することは、米国の市民社会にとっての重要な課題であり、多くの問題を抱えながらも、アメリカのフィランソロピーとギビングを文化として醸成しようという努力がなされています。アメリカの世帯の平均年間寄付額は2,974ドル(2013年)ですが、アメリカにおいて最も特徴的なのはフィランソロピーの代表格である財団の存在とその寄付額の大きさであると言えます。財団の歴史と特に近年のIT産業革命による新たな各種財団の隆盛はアメリカ社会研究の課題としても興味深いものです。

日本のこの20年、特に神戸震災後そして東日本大震災後、日本のNPOは量質とも大きく育ったといえます。しかし、災害後のコミュニティーの復活再生を担った米国2都市のNPOの代表団を迎えて、私が痛感したのは、その具体的な事業能力、自助能力、多様性とたくましさとエネルギーです。日本は復興においても、米国と比べてみれば、国の介入と援助が大きく、それゆえ、長くからの体質として上部権力依存が強く、民間の自立的内発的力が弱いように思われます。

グローバルな課題と挑戦、そしてアメリカの現実

世界は大きく動いています。人口動態と都市化、環境劣化と気候変動、貧困と開発、経済成長、人権、疫病、難民、世界安全保障、核脅威、テロリズム、国家統治とデモクラシー。日本では人口減少と少子化、高齢化、経済成長の低迷、格差の増大、国家財政負担の増大、復興の遅れ、自然災害の増大、アジアの政治経済情勢の変化等、課題は加速的に拡大、変化しています。それに対して、まともに取り組める力をもったNPOシンクタンクは日本にはほとんど皆無といった状態です。これは日本の市民社会の脆弱さの際たる現実と言えます。

ワシントンにつくられたジャパニーズ・アメリカン・ケアファンドは、日本人女性たちによるワシントン地域では珍しいNPOです。日本のNPOと比較するとすれば、米国の市民社会の特質を享受しつつ、すぐれた活動を展開してきていますが、10年の歴史を経て、ミッションの遂行において自己評価の時期に来ているといえるでしょう。極めてユニークな立場にあることを認識しつつ、できることなら、これから日本の市民社会と米国の市民社会の発展の橋渡しをしてくれることを望みます。

敗戦70周年の8月、私はワシントンDCにいました。しばしば戻っているのですが、ワシントンの樹木、柳樫の大木が覆う緑豊かなモールに、観光客のみちあふれる街路をドライブしながら、ふと口ずさんだのが、昔、サーカスというグループが歌った『アメリカン・フィーリング』でした―「今わたしはコバルトの風、あゝ、きらめく季節の中で、抱きしめるから、It’s America.」それを聴きながら、30年余アメリカで育ち、生きてきた娘は冷ややかにいいます、「お母さんは甘い。いいところだけ見てるんだから。アメリカにあるのは差別と貧困と格差、愚かさと醜さ。偉大な途上国なのよ、それがIt’s America ….」

著者紹介

上野 真城子(Ueno, Makiko)

アジア都市コミュニティー研究センター(UCRCA: http://www.ucrca.org) 代表。日本女子大卒、東京大学大学院修了、工学博士。1級建築士。元関西学院大学大学院大阪大学公共政策大学院教授。元アーバン・インスティテュート、 リサーチアソシエート。WJWN設立、Japanese Americans' Care Fund設立。政策産業、政策研究・分析評価の振興をめざす。



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