戦後70年の「青い目の人形」― 日米人形親善 谷野 緑(Tanino, Midori) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

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戦後70年の「青い目の人形」― 日米人形親善:VIEWS 2015年秋号(第43号)掲載

谷野 緑(Tanino, Midori)

ギューリック博士と筆者(2015年夏メリーランド州立大学にて)
ギューリック博士と筆者(2015年夏メリーランド州立大学にて)

戦後70年が過ぎ、戦争の記憶を持つ人が少なくなってきていますが、「青い目の人形」のことをご存知ですか?ワシントンDC近郊に住む私たちにとって、この「青い目の人形」は、思っているより近くにいるかもしれませんよ。

「青い目の人形」の歴史

青い目のアニーちゃん。<br />三重県中島小学校に贈られ、<br />現在は吉徳資料室所蔵。
青い目のアニーちゃん。
三重県中島小学校に贈られ、
現在は吉徳資料室所蔵。

簡単に「青い目の人形」の歴史を説明すると、人形の贈答活動はアメリカ人宣教師のシドニー・ギューリック博士が1927年に12,739体の人形を日本全国各地の幼稚園・小学校に配り、日本も渋沢栄一氏の活躍で答礼人形と呼ばれる市松人形58体をアメリカに贈りました。その後太平洋戦争が勃発して、日本は「青い目の人形」を処分したのですが、処分を忍びなく思った人々に守られた人形が323体(2010年現在)保存されているということです。

特筆しておきたいのは、岩手県陸前高田市立気仙小学校のスマダニエル・ヘンドレンちゃんです。彼女は、のでの被害を受け、消息不明となっていましたが、1ヵ月後に発見されたそうです。日本からアメリカに渡った答礼人形は、44体が保存されています。日本に渡った「青い目の人形」の保存率2.5%に対し、アメリカに渡った答礼人形の保存率は75.9%です。

3代目ギューリック博士

近年では、宣教師ギューリック博士の孫である数学教授のギューリック博士が人形親善を継続しており、既に245体の人形を14回の訪日で贈り、この夏も6体の人形と共に15回目の訪日を果たしました。今回贈られた人形は渋沢史料館(東京)、岡山の閑谷小学校、宣教師のギューリック博士に馴染み深い熊本などで暮らすことになりました。また、渡米した答礼人形も1974年のミス広島の里帰りを皮切りに、2010年にミス三重が、2012年にミス青森がと、37体が里帰りしてお化粧直しをしています。里帰りした答礼人形は、当時答礼人形の指揮を執った老舗の人形店吉徳で綺麗にしていただいた後、出身県などで大歓迎を受けてから帰米しているようです。

答礼人形「ミス三重」<br />ネブラスカ大学州立博物館所蔵<br />2010年の里帰りでは、地元三重県をはじめ多くの人々から大歓迎を受けた。
答礼人形「ミス三重」
ネブラスカ大学州立博物館所蔵
2010年の里帰りでは、地元三重県をはじめ多くの人々から大歓迎を受けた。

「青い目の人形」とワシントン

さて、なぜワシントンDC近郊に住む私たちにとって、この「青い目の人形」は思っているより近くにいるのでしょうか?数学教授のギューリック博士は、奥様も数学教授で共にカレッジ・パークにあるメリーランド州立大学で長年教鞭を取っておられます。私も、ギューリック博士著の重くて分厚い微分学・積分学の教科書(約1,100ページ)を3学期かけて勉強させて頂きました。博士と奥様が日本に連れていく人形たちは、戦前に贈られた人形同様にパスポートを持って行くのですが、パスポートに書かれた彼女たちのお母様の名前は、奥様の方のギューリック博士です。博士に、「それでは当然人形のお父様は、博士ですね?」と、尋ねたら、照れた笑いが返ってきました。つまり、近年日本に贈られている「青い目の人形」のご両親は、私たちの身近にお住まいということです。

奥様が自費でこれらの人形を購入して、お洋服など身の回りの品をご自分で製作しています。ちなみに、American Girl Dollが多いのですが、条件を満たす人形があればコストコでも購入するそうです。人形の条件は、高さが18インチ(45 センチ)程度で、外見が8歳位であることだそうです。高さは、ある程度の大きさがある方が皆によく見えるからであり、外見が8歳というのは、小学生の子供たちに親近感を持ってもらうためということです。

「青い目の人形」と「答礼人形」は今どこに?

さて、ご自分の出身県や現在住んでいる州の人形に興味のある方はいらっしゃるでしょうか?「青い目の人形」と答礼人形がどの県・州に何体贈られて、何体保存されているかなどの情報はインターネットで入手できます。BIGLOBE百科事典で「青い目の人形」を検索すると、どの県のどの学校に「青い目の人形」が贈られ、現在も保存されているのかがわかります。ちなみに、保存率の良い県は、群馬県(13.4%)、長野県(7.7%)、埼玉県(6.7%)などです。答礼人形のミス広島はメリーランド州ボルチモア美術館にいますが、残念ながらバージニア州リッチモンド市図書館児童室に贈られた、ミス東京府の東京子様は行方不明です。しかし、ミス大日本の倭日出子様は、健康状態も良好な状態でスミソニアン自然歴史博物館においでです。常に展示されてはいませんが、スミソニアン自然歴史博物館のウェブサイトで博物館の収集記録を検索すると(彼女の番号はE340126です)、朱のお振袖で正装している彼女の艶姿を見ることができます。

これらの人形たちが、将来末永く、人災や天災に見舞われることなく、日米両国に愛され続けることができれば本当に嬉しいですね。

著者紹介

谷野 緑(Tanino, Midori)

バージニア州グレイトフォールス在住。メリーランド州立大学にて電算機科学・数学・電気工学で学士・修士。連邦政府航空局勤務。



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