ジャカルタ読書日記 小野 恵子(Ono, Keiko) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

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ジャカルタ読書日記:VIEWS 掲載

小野 恵子(Ono, Keiko)

オバマ前米大統領が幼いころ通った小学校。左が筆者
オバマ前米大統領が幼いころ通った小学校。左が筆者

今年のお正月は、初めてのインドネシア旅行で過ごした。前半はジャカルタ、後半はバリ島に行った。世界中から観光客が集まるバリはそれなりに魅力的なところだったが、ここではジャカルタについて書いてみたい。

現地で合流したインドネシア研究者である友人が国立博物館、オランダ占領時代の雰囲気を残すコタ地区などに続いて案内してくれたのは、ジャカルタ市内メンテン地区にある一見ありふれた小学校だった。門に近づくと頭に被り物をした女性教員たちが声をかけてきた。ここは先日退任したバラック・オバマ前米大統領が1969年から1971年(当時8-10歳前後)まで通った学校なのだ。門を入ったところにオバマ少年の像があり、門にはオバマ氏の顔と通学した時期を記した銅板が埋め込まれている。

オバマ少年のジャカルタ

学校の門を入ったところにある少年オバマ像
学校の門を入ったところにある少年オバマ像

この旅を機会に、オバマ氏の自伝「Dreams from My Father」を読み返してみた。この中で、オバマ氏はハワイで白人の母・祖父母に育てられた思い出、2歳頃に生き別れたケニア出身の父のことなどに加え、インドネシアで過ごした約5年間についても詳しく語っている。母はケニアに帰国したオバマ氏の父と別れた後、やはりハワイ大学へ留学に来ていたインドネシア人男性Lolo氏と再婚。先に帰国したLolo氏を追って母子は1967年、ジャカルタに到着する。自伝には途上、日本で3日間過ごし、鎌倉の大仏を見て、抹茶アイスクリームを食べたことも書かれている。オバマ氏が6歳ごろのことだ。

首都ジャカルタの空港から自宅へ向かう途中でオバマ少年が目にしたのは、水牛を飼う子ども、田畑で働く大人たち、そして川で洗濯をしたり水浴びをする光景だった。中心地には近代的なビルやモールも建ってはいたが、規模は小さく、「道に木陰を作っている木よりもわずかに高いくらいだった」。家があったのはまだ開発途上の郊外で、庭にはマンゴーの木があり、裏庭はニワトリ、アヒル、犬、オウムにワニが2匹いて、「さながら小さな動物園」だったという。

その後、オバマ少年は現地の学校に通い、半年もたたないうちにインドネシア語を身に着け、文化や習慣も理解するようになった。自伝には近所の子どもたちとわけ隔てなく遊んだ思い出や、義父から護身術の手ほどきを受け、「世間を渡っていくには強くならなければ」と教えられたことなどもつづられている。

息子の教育のことを考えた母が、オバマ少年をハワイにいる祖父母のもとへ送り返すまで、ジャカルタは彼にとって庭であり、遊び場だった。今でもきっと、なつかしい場所なのだろう。

文化人類学者が見たジャカルタ

もう一冊、旅行中に読んだのは2015年に亡くなった著名な文化人類学者ベネディクト・アンダーソン氏の自伝「A Life Beyond Boundaries」だ。アイルランド人の父とイギリス人の母の間に中国で生まれたアンダーソン氏は、本の題名が示唆する通り、中国・米国・イギリスで育った若いころから国境や国籍などの境界線 (Boundaries) に対して疑問を抱いていたという。イギリスの階級社会に反発しつつケンブリッジ大学での学びを終えた後、大西洋を渡ってコーネル大学に助手として就職。当時、エール大と並んで米国における東南アジア研究の中心的存在になりつつあったコーネルで指導教官に勧められ、インドネシア研究の道に入った。

アンダーソン氏が第二次大戦中の日本によるインドネシア占領についてのフィールド研究をするため、初めてジャカルタに到着したのは1961年のことで、オバマ少年よりも6年ほど前になる。研究者にとって最初のフィールド研究はその後の人生を大きく左右する重要なもので、「同じようなショック、違和感、興奮を味わうことは二度とない」と書いてある通り、この時の2年半にわたるジャカルタ滞在は同氏に強烈な印象を残した。

アンダーソン氏もかって通ったであろうファタヒラ広場。オランダ時代の建物が残る。
アンダーソン氏もかって通ったであろうファタヒラ広場。オランダ時代の建物が残る。

当時、ジャカルタには外国人が少なく、首都とはいえ、町は大きくなかった。20代半ばのアンダーソン氏がまず苦労したのは言語だったが、滞在4ヶ月目に突然、考えなくてもインドネシア語が自然に出てくるようになり、涙が出るほどうれしかったこと。その後、タイ語とタガログ語も修得したが、夢を見るのはインドネシア語であること。自動車よりも乗客を前に乗せる三輪タクシーが幅を利かせていたこと。バイクを買って町中を走り回り、ジャカルタの町を隅々まで知りつくしたことなど。「フィールドワーク」と題された章にはこうした興味深いエピソードがたくさん収められている。

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地下鉄はまだ建設中のジャカルタでは今もバイクが庶民の足。2~3人乗りは当たり前だ。

私が日本人として特に関心を持ったのはこの時、アンダーソン氏が研究していた日本統治時代のことだ。当時は終戦からまだ10数年しか経っていないので、日本による統治やその前のオランダ殖民地時代のことも記憶している人が多く、そうした人たちに数多くインタビューを行い、国立博物館では日本軍の宣伝部が発行していた現地人向けのプロパガンダ雑誌を読みふけったという。1945年8月17日、日本が降伏した直後にインドネシアが独立宣言したのには日本海軍のある将校が関与していたことも、この本を読んで初めて知った。

おしゃれなカフェで

あちこち歩き回ったり、本を読んだりしていると当然お腹がすく。ジャカルタにもあちこちに出来ているスターバックス、ではなくてインドネシアのカフェでおいしい飲み物とデザートをいただいた。東南アジアではこれまで熱湯を注ぐだけで飲める甘いコーヒー・ミックスがよく売れていたが、コーヒーの産地でもあるインドネシアなどで、産地や豆の種類にこだわった本格的なコーヒーを提供する店が増えているとか。経済成長とともに富裕層・中間層が拡大していることとも関係あるのだろう。

IndonesiaのKopi(コーヒー)とMakanan(食べ物)を提供するカフェの看板。
IndonesiaのKopi(コーヒー)とMakanan(食べ物)を提供するカフェの看板。

洗練された内装の店内。
洗練された内装の店内。

おしゃれで落ち着いた冷房の効いた空間で、本物のコーヒーと一緒に、全世界同じようなスタバのお菓子…ではなくインドネシアのデザートでくつろぐ。これこそ、今どきのジャカルタの楽しみ方かもしれない。Es Cendol (アイス・チェンドル)はかき氷の東南アジア版とでも言おうか、ココナツミルクに氷片や寒天のようなものが入っている。Bubur Kacang Hijau は緑hijau(緑)の kacang(豆)で作った bubur(お粥)で、 粥といっても緑豆と黒いもち米を甘く煮てあり、日本のお汁粉に通じるものがある。

Bubur Kacang Hijau(左)とEs Cendol(右)。お値段はそれぞれ2万7千ルピア前後(約230円)。
Bubur Kacang Hijau(左)とEs Cendol(右)。お値段はそれぞれ2万7千ルピア前後(約230円)。

ジャカルタとバリで過ごした夢のような1週間はあっという間に過ぎた。今度はいつ行けるのだろう。そして、次回の旅では何を読もうか。これまた著名な文化人類学者クリフォード・ギアツによるバリ宗教の研究か、またはオランダ殖民地時代に現地民の苦労を描いてオランダで問題作となった小説「Max Havelaar」か、あるいは、日米両国ですっかりお馴染みになったタイ料理とはまた違った魅力のあるインドネシア料理についての本か。今から楽しみだ。

著者紹介

小野 恵子(Ono, Keiko)

岡山県生まれ、東京育ち。20数年間のアメリカ生活を経て2013年から東京在住。首都圏の大学でアカデミック・ライティング、政治学などの講義を担当している。



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