トランプ・ショックに震える欧州 加瀬 みき(Kase, Miki) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

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特集 トランプのアメリカ

トランプ・ショックに震える欧州:VIEWS 2017年春号(第49号)掲載

加瀬 みき(Kase, Miki)

2016年アメリカ大統領選挙の夜、「もちろんヒラリーよね」という確信が「まさかトランプ」という驚きに変わった。英国やオランダなど欧州からワシントンを訪れていた人たちは、歴史的な場面に居合わせたという興奮と同時に、大金持ちの政治素人で自分に都合の良い出まかせをまくしたてる人物を軍最高司令官に選出したアメリカ人が全く分からなくなった、と戸惑いを隠せなかった。選挙監視官としてワシントンDCに来ていた英国の議員は、テレビ画面を食い入るように眺めながらアメリカ人の元官僚と議論を続けていたが、「万が一トランプが大統領になったら、二度とアメリカには来られない」、と目の前で変貌するアメリカの姿を憂いていた。

トランプ大統領は中国やロシアと同等の脅威

選挙後ロンドンに渡ったが、英国人は口々に「アメリカ人はどうしちゃったのか」「これで西側同盟は終わりだ」と嘆いていた。

ドイツの元外相ヨシュカ・フィッシャーは、「さよなら西側」と題した論説で、トランプ氏の選出は第二次世界大戦後確立した国際秩序の終わりを意味するだろうと懸念を表明した。

欧州連合(EU)の元首ドナルド・トゥスク欧州理事会議長にいたっては、アメリカのトランプ政権を、中国の独断的な姿勢、ロシアの侵略行為、中東やアフリカの戦争やテロ、無政府状態と同等の脅威と警告した。

トランプ氏を大統領に選出するだけの支持者がアメリカにいたように、欧州にもトランプ氏の大統領就任を喜ぶ人々はいる。反ムスリム、反EUを掲げ支持を得ていたオランダのウィルダース極右自由党党首や排他主義を掲げるハンガリーのオルバン大統領、そしてフランスの大統領選挙に向け高い支持を得ているマリーヌ・ルペン国民戦線党首やかれらの支持者たちなど、いわゆるポピュリストはトランプ選出を歓迎した。しかし、欧州の大多数の人々がこれほど深い衝撃を受け、不安にかられたのはなぜだろう。

アメリカあっての欧州

‐北大西洋条約機構(NATO)は過去の遺物。
‐EUからの離脱を選択した英国万歳。他の加盟国も英国に続くだろう。
‐これからは「アメリカ・ファースト」。アメリカの利害だけを考える。
‐同盟国は相応の経費を払わなければ、攻撃されてもアメリカが守るとは限らない。
トランプ氏はこんな発言を繰り返してきた。

トゥスク氏は冷戦中ソ連の支配下におかれ、冷戦の終結とともにやっと自由と民主主義を勝ち取ったポーランドの出身であるだけに、欧州人の中でもトランプ氏の発言から受ける衝撃は深かったであろう。ポーランドの民主化運動成功にアメリカの支援は欠かせなかった。そしてNATOは冷戦で西側に勝利をもたらしたばかりか、今でもロシアの侵略を恐れるポーランドやバルト三国にとって欠かせない防衛組織であり、また西側諸国がテロと戦う軍事組織でもある。

トランプ氏はEUの崩壊を望んでいるかのような発言を繰り返すが、統合欧州はアメリカがあってこそ実現した。第二次世界大戦で廃墟と化し、直後の厳冬で土壌はがちがちに凍り付き、作物を植えるどころか、住むところも、身を温めるすべもなく、飢え死にする人が後を絶たなかった欧州に対して、アメリカはマーシャル・プラン(欧州経済復興援助計画)という実に気前の良い物資や経済援助を実施した。

しかし、その条件として、アメリカの参戦まで一国で戦い抜いた英国も、すぐに白旗を掲げたフランスも、敵であったイタリアも同等の立場で協力し、受けた支援の分配の仕方などの共同計画を提出しなければならなかった。怒りや憤懣、互いへの不信感は深かった。しかし、協力しなければ、生きて行けないほど切羽つまっていた欧州政府は、条件を受け入れざるをえなかった。これが欧州統合の第一歩だった。

アメリカはどこに行ってしまったのか

NATOは、ソ連から見れば攻撃すれば必ず報復されると信じるだけの抑止力を保ってきた。アメリカはNATOにおいて加盟国の中では圧倒的な軍事力を提供してきたが、組織内ではすべての国に同じ一票を認め、核政策も含め戦略は加盟国と共同で練ってきた。

欧州の人々から見れば、アメリカは軍事的脅威から守ってくれているだけではない。アメリカが築いた戦後秩序は政治、経済、文化、諜報に及び、自由や民主主義のもと市場経済を広め、多くの人々が平等に、平和、安定、経済的繁栄を享受することを可能にする枠組みだ。この仕組を日本や欧州諸国も共有し、貢献もしているが、礎はアメリカだ。その大統領がNATO同盟国を見捨て、欧州の平和と団結に欠かせないEUの崩壊を願うような発言をし、アメリカにとっていくらの価値があるか、という基準を用い、他国の問題からは手を引くという。欧州の人々が困惑し、脅えるのは当然だ。

1961年、ケネディ大統領は「我々はあらゆる代償を支払い、あらゆる重荷を担い、あらゆる困難に耐え、全ての友を支え、自由の存続と繁栄を妨げる全ての敵と戦う覚悟である」と後世に残る有名な一節を就任演説で唱えた。もちろんアメリカも多くの間違いを起こし、欧州人は、「アメリカ人は教養がない」、「独善的」、「歴史を知らない」などと批判してきた。しかし、アメリカは丘の上の光り輝く街という理想を抱き、民主主義の長としてアメリカを憎む国の国民にですら希望を与えてきた。

トランプ氏の大統領就任は、そんなアメリカが消えてしまったのか、という不安や焦り、そして悲しみをもたらした。

著者紹介

加瀬 みき(Kase, Miki)

日本の金融機関に勤めた後、国際問題を学ぶためマサチューセッツ州のフレッチャー外交法律大学院へ。卒業後ワシントンとロンドンを行き来し、外交安全保障問題やNATOなど同盟関係に関し、日本のメディアやシンクタンクに執筆している。



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