出産 〜Inova Alexandria Hospital〜 粟林 木の実(Awabayashi, Konomi) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

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ワシントンと私

出産 〜Inova Alexandria Hospital〜:VIEWS 2017年夏号(第50号)掲載

粟林 木の実(Awabayashi, Konomi)

Just born
Just born

陣痛とキノコご飯

全ての内臓がキューーーーっと身体の中心に向かって収縮した。

子宮、胃、腸、全てを圧縮袋に入れて誰かが掃除機で空気を抜いていく。

同時にお腹が膨張して表面の皮が張り裂けそうだ。

矛盾しているけどどうでもいい。痛い痛い痛い痛い。

これぞ陣痛か。

痛くて動揺する私は、わけもなく家の中を歩き回る。運動が陣痛促進に効くとは聞いていたが、そんな理性のある判断からではなく、ただ単に動揺しているのだ。歩いていれば痛みが少し和ら・・・がないので、今度はベッドに倒れてかがみ込む。痛い痛い痛い痛、い。いた・・・い。いたい?治まってきた。

先ほど料理し始めたキノコご飯がもうすぐ炊ける。サーモンのホイル焼きも出来上がる頃だ。やはり入院前に食べておきたい。

こんな雑念が頭をよぎる間は余裕があったに違いない。キノコとサーモンの思いにふけること数分、来た。きたきたきたきた!!!痛みが戻ってきた。

痛みと食い意地を繰り返して1、2時間経っただろうか。痛みの強さはクレッシェンドの基調を辿る一方。

夫に向かって「びょ、びょいん」と声を絞り出す。

「え?」

「びょいん」

開け、ごま

20分後、夫の運転で病院にたどり着いた私には、病室に入る前に大きな関門が待ち受けていた。出産したInova Alexandria Hospitalに事前に提出した書類で、出産時における希望や麻酔の有無、保険の情報などは伝わっているはずだ。あとはベッドに入ってヒッヒッフーをすればよいのかと思っていたものの、看護婦さんは淡々と質問をぶつけてくる。付添人の名前や続柄、請求書の送付先なども聞かれたような。痛みを食いしばりながら答えることにわずかな気力を集中させたが、意識はもうろうとしている。なんとか関門を突破した後は、ご褒美のように、麻酔を打つかと聞かれた。子宮口の開き具合は3cmと、全開大の10cmまではまだまだだ。麻酔は打つのが早すぎると陣痛が進まないと聞いていたので、まだ待ちたかった。その旨を伝えたところ痛みを和らげる薬を勧められた。それを腕に打ってもらうと、スーーーーーっと痛みが

和らがない。

確かに陣痛の合間は眠くなるため身体がリラックスするのだが、陣痛がくれば再び痛みとの戦いだ。胎児が子宮口を突破しようと全身全霊でグイグイと食い込んできているのか。マタニティヨガで学んだ深呼吸の「し」の字すら頭をよぎることは一切なく、ベッドを叩く、シーツを鷲掴みにする、泣き叫ぶ。夫が手を差し伸べたが、その指を全部へし折ってしまいそうで振りほどいた。困る夫、泣き叫ぶ私。そんな光景が部屋に馴染んできた頃、2時間経った頃だろうか、麻酔を頼んだ。子宮口が何cm開いているかはどうでもよかった。

ロシア系とみられる長身で無表情な男性が入室し、淡々と力を抜いてくださいと指示する。ただ、血糖値だか体温だかが急激に変化しているせいで全身がガッタガタと震えており、力を抜けない。そう訴えたが、男性はやはり力を抜いてくださいと冷静に繰り返した。硬直する身体をどうにもできない私に「やれやれ」という目を向けてなんとか打ってくれたもようだ。薬が効くまでに30分ほど要した。

球技大会

私は深い眠りに入っていたようだ。数時間後、目を覚ますと、看護婦さんに陣痛促進剤を勧められた。子宮口がなかなか開かないと言う。薬を最小限に抑えたかった私は、分娩を促すために身体を動かしてもらうように頼んだ。麻酔によって自分では動けないので看護婦さんに身体を転がしてもらうのだ。そこから出産までの間は、病室が球技場と化した。30分置きに2人の看護婦さんが入ってきてベッドの両端に立ち、私をベッドの端から端へ転がす。左向き、右向き、左向き、右向き、と半回転を続ける。されるがままの私。少し楽しそうな看護婦さん。

球技大会もたけなわ、いよいよ赤ん坊を引っ張り出すときが来た。女性の担当医が足元に座り、「1、2、3 PU―――SH!」と指示。PU―――SHしたいのは山々だが、麻痺した身体は押し方を知らない。力むってこういうことだっけ?と過去に力んだ経験の記憶を頼りに再現してみる。麻痺した身体に鞭を打つように、力むような行為を繰り返して30分。

うぎゃーーーーーーーーーーーーーーー

赤くてしわくちゃなおサルさんが出てきた。やっと会えた。10カ月間お腹で温めてきた子と会えたという思いが溢れ、涙が出てきた。

めでたしめでたし。

と言いたいところだが、山場はこれからだった。

修行

大変なのは退院するまでの48時間。私と子どもは個室に移された。赤ん坊は泣き止まない、授乳はお互い要領を掴めない。乳首には傷がつき始め、それをさらに吸わせるため痛くて仕方がない。30分おきに入れ替わり立ち替わり違う先生が入って来て、子どもの聴力やら視力やら様々な検査をした。自己紹介、説明、検査、合間に雑談、を繰り返した。その度に同意書にサインしたり、分からないことを質問したりした。並行して私の痛み止めを3時間おきに持ってきた。検査と服薬のオンパレードは夜中まで続き、体力回復どころかどんどん疲れていった。やっと、お医者さんのラッシュアワーが終わり、子どもと二人っきりになった。子どもに安らぎを与えるのは血がにじむ乳首をくわえさせることくらい。子宮口からも血がにじむ。母親になってまだ数時間の私は、赤ん坊を置いて1メートルたりとも離れようものならこの子が壊れてしまいそうな思いに駆られ、トイレにすら行けない。赤子の泣き声は大人に焦燥感を与えるトーンに設定されているに違いない。恥ずかしながら、尿も血もその場でおもらし。途方に暮れ、惨めな姿に悲しくなり、しまいには真っ暗な部屋で一人で号泣した。幸か不幸か夜中を過ぎても看護婦さんが様子を見に部屋に入ってきた。息もできないほど泣く私を見て一息置き、「絶対に大丈夫だから」と言い、自分の出産時の話をしてくれた。「子育ては今でも大変だけど、絶対に何とも替えたくない経験だわ」と言った。そしてギューーーーっと抱きしめてくれた。ヒトの温かさに、泣き止むどころか今度は声を上げて泣いた。

次の日も朝から検査検査検査。合間を縫って退院後の子育て教室に参加した。修行のような怒涛の48時間を終え、人間の抜け殻と化した私は一匹の赤いおサルさんと共に病院の外へポイっと出された。魂が抜けた顔で後ろを振り返り見上げたその建物は、効率的に赤ちゃんを製造する工場だ。同時に、各スタッフは実に親切で温かみがあった。家族経営の良さを残した大手企業といったところか。

僕が生まれて9ヶ月
僕が生まれて9ヶ月

子育てと仕事に追われ、出産時の出来事は徐々に思い出と化してきた。髪の毛を振り乱しながらバタバタと過ごす日々。傍から見れば早送りで動いているように見えるだろう。そんな中、誰かがトントンと私の肩を叩き、「ね、元気?」と聞いたら、私は一息置き、「子育ては今でも大変だけど、絶対に何とも替えたくない経験だわ」と答えるだろう。

著者紹介

粟林 木の実(Awabayashi, Konomi)

横浜生まれ、東京と米カリフォルニア州育ち。東京のPR代理店で働いた後、現在はワシントンDCでメディア業に就く。在米14年。ワシントンDCで働く女性の会(Japanese Women in the Professions in Washington D.C. (J-WIP))の運営委員。



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