障碍者ランナーと走る 堀江 知子(Horie, Tomoko) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

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ワシントンと私

障碍者ランナーと走る:VIEWS 2018年冬号(第52号)掲載

堀江 知子(Horie, Tomoko)

マラソンの半分ほどを走り終わったあたりで。オレンジのTシャツを着ているのがミシェル。
マラソンの半分ほどを走り終わったあたりで。オレンジのTシャツを着ているのがミシェル。

人生トップ5に入る体験

昨年の11月、ワシントンからニューヨークシティマラソン(以下、NYCマラソン)に参加した。自分がランナーではなく、視覚障害を持つランナーのお手伝いとしての参加で、今年で4回目となる。自分がランナーとしてのフルマラソンには1回しか出場したことのない私が、なぜ伴走者として4回も出ているのかと聞かれたら、それは、普段は涙もろくない私が、走りながら何度も涙腺を緩ませてしまうような、体が身震いするくらいの感動を味わえるレースであるからだ。私は日本から出場する弱視の視覚障害を持つ日本人ランナー「ミシェル(英語の愛称)」の伴走者として、何度もこんな体験をさせてもらってきた幸せものである。

まるで専属応援団

私は今まで20ほどのレースに出たが、その中でもNYCマラソンの応援の熱狂ぶりはダントツのトップである。一般ランナーへの応援はもちろんだが、障害者ランナーへの応援はさらに力強く、「目の見えないランナー、ミシェル」と名前を大きく書いたゼッケンをつけて走るミシェルへの応援は、今年も最初から最後まで途切れることなく続いた。スタートして、応援する観客が見え始めたかと思った途端に「ミシェル、行けぇぇぇ~!」「ミシェル、良い走りだ!」「ミシェル、ミシェル、ミシェルーーーー!」という迫力いっぱいの応援があちこちから聞こえる。視覚障害のミシェルの耳にしっかりと届くようにと意識してくれているのがわかるほど大きな声で、はっきりと、何度も名前を叫んでくれる応援ばかりだ。沿道の応援者全員がまるでミシェル専属の応援団にでもなったのかと錯覚を覚えるほどの大声援を、ミシェルはしっかりと耳に受けて、「ありがとう!」と答えながら、思わずペースも速くなる。

私が驚いたのはこの応援が沿道からだけではないことだ。マラソンに出場しているランナーたちまでが、「ミシェル、君をとても誇りに思うよ。」「ミシェル、君以上に輝いている人はいないよ!」と自分たちも必死で走っている中、こうやって声をかけてくれる。今年のレースだけでも、世界中から集まった50人以上のランナー達から応援の声を受けたと思う。この世界中から集まったランナー、障害を持つランナー、そして沿道の応援者たちがまさに一体となっているのを体で感じられるのが、このNYCマラソンであり、伴走者の私はまさにこれを目の当たりにし、ミシェルと一緒に体感させてもらっている。

視覚障害者の走る42.195キロ

視覚障害ランナーは、障害物にぶつかるかもしれないという恐怖心と向き合いながら、42.195キロの距離を走るのであり、我々伴走者はランナーの目となり、走りながら目の前に見える障害物を実況中継して、ランナーがレースに集中できるようにすることが大切な仕事となる。1人のランナーに伴走者は3人ほどがつくが、1人はランナーの横でランナーとともにロープを握って誘導しながら走り、他の伴走者らは、このロープでつながった2人の間に一般ランナーが入り込まないように前方や後方を守る。私も、ロープを握ってミシェルと走ったが、マンホールのちょっとしたへこみや、コンクリート舗装のでこぼこなどが、ランナーの走りの妨げとなり転倒につながることもある。初めて伴走をした時には、私の説明不足で、ミシェルが何度か転んでしまい、ひどい罪悪感でどうしようもない気持ちになったが、逆にミシェルから励まされるという、なんとも頼りない伴走者であった。

ニューヨークの5番街で大声援を受けて走るチーム。
ニューヨークの5番街で大声援を受けて走るチーム。

道路状況をしっかりと伝えられるようになってからは、ミシェルの疲労を癒やし、レースがさらに楽しいものとなるようにと、周りを走るランナーやレースの様子も伝えるよう努めている。「今、バットマンの格好をしたランナーが私たちを抜いていったよ。」「ここは上り坂でたくさんのランナーが歩いているから、私たちもう20人くらい抜いちゃった。」ゴールに近づいてくると、もうすぐミシェルとマラソンを完走するのだという高揚感とともに、こんな楽しいレースなのにもうすぐ終わってしまうという寂しい気持ちさえ沸いてくる。そして、完走後のミシェルとの抱擁は、メダルよりも記念写真よりも大切なものとして私の心に残る。今年もまたワシントンから参加したいと思っている。

アキレス・インターナショナルとは

私が、この障害者の伴走を始めたのは、「アキレス」に誘ってもらったことがきっかけだった。この「アキレス・インターナショナル」は、障害者が一般市民とランニングすることを援助するためにアメリカで1983年に設立された。義足のランナーとして初めてNYCマラソンを完走したディック・トラウム氏が、人生を変えるほどの力強い達成感と自信を得た体験を他の障害者にも広げたいと考えて始めた。今では、世界35カ国に51の支部があり、「アキレス・ジャパン」も毎年、日本からのマラソンランナーをこうやって支援している。ランニング中は、「アキレス」と書かれた黄色いシャツを着た我々伴走者に対する応援も並々ならぬものがあり、この「アキレス」の知名度にも毎年驚かされる。

     

著者紹介

堀江 知子(Horie, Tomoko)

静岡県出身。大学卒業後、東京で働いた後、アメリカの大学院で修士号を取得し、現在はワシントンDCで日系メディアに勤務。



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