娘と我が家のギャップイヤー ガバート 慶子(Gabbert, Keiko) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

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家族の風景

娘と我が家のギャップイヤー:VIEWS 2018年冬号(第52号)掲載

ガバート 慶子(Gabbert, Keiko)

家族で行った長崎県五島列島の野崎島にて
家族で行った長崎県五島列島の野崎島にて

アメリカから日本へ

降って湧いた話でした。夫の仕事に合わせ、家族で一年間東京に暮らすことになったのです。日本を離れたのは17年前、以来ずっとアメリカに住んでいました。移住して来たとき娘は生後9か月。日本生まれとはいえ、物心ついてから日本に住むのは初めての体験となります。私自身、数年おきに里帰りはしていたけれど、浦島太郎と化した自分を思って喜びよりも不安を覚えました。アメリカで暮らしながら、何か不便な思いをしたり不愉快なことに遭遇したりするたび、「信じられない、こんなこと日本ではありえない!全くアメリカって国は…」と、ぶつぶつ文句を言って乗り切ってきたのに、いざ実際に日本で暮らしてみたらアメリカと大差ない、なんてことだったらがっかりで立ち直れない。それに東京なんてオシャレな都会に住むのは初めて。いったい何を着て暮せばいいんだろう。そしてまた、娘は日本語大丈夫かしら。

成長過程で娘は日本語補習校には行きませんでした。家での会話は、アメリカ人の夫が英語を話し私が日本語で返す利便性重視の日英ちゃんぽんです。それを聞いて育った娘はきちんとした会話のキャッチボールに接しておらず、積極的に日本語で発語することもありませんでした。 小学一年生の夏休みに一度したきりの日本の学校の体験入学も、本人には苦い記憶となっていて、日本で買い物するのは楽しいけれど、住みたい国ではなかったようでした。また、アメリカで 希望の大学への入学も決まっており、突然東京と言われて本人は戸惑っている様子でした。

娘のギャップイヤー

ギャップイヤー (gap year)とは高校や大学の卒業後に休暇を取り、入学を一年先に延ばすというもので、アメリカではギャップイヤーを取って旅行やボランティアや語学留学をするのはさほど珍しいことではありません。娘の同級生にも、ギャップイヤーを取ってモロッコにアラビア語を習いに行くという女の子やアメリカ国内でボランティアをして一年暮らすという男の子もいました。また周りで実際にギャップイヤーを取ったという人に話を聞いてみても、皆が口々に素晴らしい経験をした、人生で一番楽しかった、と目を輝かせ、いい機会だからぜひ日本に行くべきだと娘に勧めました。 やがて本人も納得して私たちと一緒に東京へ来ることになりました。

東京での生活

東京では日本語学校で、まず初級クラスのグループレッスンを受けました。クラスの他の生徒さんは初めて日本語に接する人たちがほとんど。やがて簡単すぎるというので個人レッスンに移り、そこからの上達ぶりは目を見張るものでした。ふだん家では英語で話していたのが私相手に意識して日本語を使うようになり、スマホに送ってくるメッセージも英語から絵文字入りの日本語に切り替わりました。娘はまだ小さかったころ、第一言語が日本語だったのに幼稚園で英語環境に足を踏み入れた途端に日本語を話さなくなってしまいました。それが18歳になって今度は日本語のスイッチが入ったのだ、自分でスイッチを入れたのだ、と見ていて分かりました。私たち夫婦の日英ちゃんぽん会話から耳にした言葉、断片的ながら頭に取り込んできた言葉の数々が、初めて意味を成したことに本人も感動したようです。「ああ、お母さんがいつも使っていた言葉はこういうことだったのか」、日本に来てまるでパズルが合わさるように、いろんな言葉と意味とが符合していったようでした。

日本語学習のほかには、アートクラスに通って大好きなアートに日々没頭して過ごしました。アマチュアのオーケストラがチェリストを募集していたので参加させてもらい、日本語だけ社会人だけの環境でリハーサルに通い、コンサートにも出演できました。スマホの地図を駆使して東京の地下鉄を乗りこなし、自信がついた頃に一人で旅行もしました。新幹線に乗って長野へ、京都へは夜行バスで。

スマホ片手に古都金沢を歩く娘
スマホ片手に古都金沢を歩く娘

私は契約ベースで週40時間の仕事をしていますが、職場の計らいで日本からも「在宅勤務」として仕事を続けさせてもらえることになり、 仕事を辞め東京で遊び暮らす、という甘い夢はあっさりと破れました。夫と娘が毎日冒険している間に、私はアパートに閉じこもってコンピュータに向かい仕事をしていました。でも、買い物に行けなくとも、インターネットで注文した食料品も衣料品も指定した時間内にきっちり届けられました。少し歩けばコンビニがあちこちにあり、ちょっとした買い物はそこで済ますことができました。車が無くても何の不便も感じず、運転しない生活がどれほどストレスのないものかを実感しました。確定申告の際の税務署の人の親切さと手続きの簡単さにはショックを受けたほどです。

家族の絆

四国から母が上京した折には、仕事を休めない私の代わりに娘が東京を案内して歩きました。70代後半の母は、すっかり大人びた可愛い孫に何度も「だいじょうぶ?しんどくない?休もうか?もうちょっとで駅だからね」と優しい言葉を日本語でかけられ、いたく感動したとのことでした。孫と二人きりであちこち遊びに行って、あんなに楽しかったことはない、と大喜びでした。 

夫も日本語だけの環境で自分の専門分野の仕事をすることができ、また連日のように飲み会や食事に誘われ、美味しいものをたくさん食べて飲んで公私共に大変有意義だったようです。 娘のアメリカでの高校生活は宿題やクラブ活動、学校行事に習い事、親はその送り迎えに明け暮れとにかく忙しく週末も休めない有様でしたが、東京では週末ごとに家族3人で遊び歩きました。あちこちの美術館博物館へ出かけて様々な特別展示を見、クラシックコンサートやインディーロックのライブにも出かけました。安さと美味しさに驚きながら外食もたくさんしました。ここには一年しかいない、アメリカに家があってそこに帰らねばならない、という不思議な感覚のもと、アメリカに帰れば大学に巣立ってしまう娘と水入らずの時間を多く過ごすことができ、充実した一年となりました。日本の人たちの真摯な働きぶりを目の当たりにし、便利さを十分堪能し、家族一同やはり日本は素晴らしい特別な国だったと再確認して帰ってきました。

帰国そして娘は大学へ

帰国後の8月から娘は大学で寮生活を始め、日本の古典文学の授業もとりました。入寮の数日前に、寮の建物の冷房導入工事が終了したというメールを大学から受け取りましたが、行ってみたら新品の冷房装置は故障しており窓はペンキで塗り固められて開かない。シャワーはお湯が出ない。何度修理依頼を出しても無視される。「なんなのアメリカ、信じられない!日本ではこんなことありえない!」 むくれた顔をして言う娘。ああ、本当に日本は良かったね。

著者紹介

ガバート 慶子(Gabbert, Keiko)

愛媛県出身。ミシガン、シアトル、シカゴ、ラスベガスと移り住んだ後、DC地区に居 を構える 。



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