「ブラックボックス」の衝撃 梶野 紀子(Kajino, Noriko) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

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「ブラックボックス」の衝撃:VIEWS 2018年春号(第53号)掲載

梶野 紀子(Kajino, Noriko)


読み進めるのがつらい本だ。

ニューヨークの大学でジャーナリズムを学んでいた女性が、成功したジャーナリストである男性と就職の相談のために食事をした夜、同氏にレイプされた。その被害を、医療機関も警察もメディアも司法もきちんと受け止めなかった。そのことを被害女性自身がノンフィクションとしてまとめたのがこの「ブラックボックス」だ。

この事件は、当時の警視庁の刑事部長が「自分が(レイプ加害者の男性を)逮捕させなかった」と述べたことを週刊誌が報じたことや、被害者自身が記者会見を開き、彼女に起こったことを語ったことから、ご存知の方も多いと思う。

本書の著者伊藤詩織さんは、ニューヨークの大学でジャーナリズムと写真を学んでいた。アルバイトをしていたピアノバーで、店に来ていたTBSワシントン支局長の山口氏と出会う。その後一旦帰国していた詩織さんは、米国での就職を山口氏に相談、氏も東京に一時帰国したタイミングで食事をしながら打ち合わせをすることになった。この食事でお酒を飲んだ詩織さんは途中から記憶がなくなり、次に気付いたときにはホテルで山口氏から性行為を受けていた。

自分の住まいに戻った詩織さんは妊娠の可能性が気になり産婦人科を受診するが、レイプの可能性などへの配慮が示されることもなく、事務的に処理されてしまう。更なる検査や相談を求めてネットで検索した性暴力被害者を支援するNPOに電話をするも、詩織さんが面接に出向き、直接話をしないと情報提供はできないと言われる。この時点の詩織さんにはそうする気力も体力も残されていなかった。

その後詩織さんは、被害届と告訴状を警察に提出する。ホテルの防犯カメラの映像やタクシー運転手の証言などを集め、山口氏に逮捕状が出されるところまでこぎつける。しかし不可解なことに逮捕予定当日になって現場でストップがかかる。事件は書類送検されたが、最終的には不起訴となる。この結果に納得できない詩織さんは検察審査会への申し立てを行うが、本人が希望していた発言の場を与えられることもなく、ここでも「不起訴相当」の判断が出る。

ホテルで起こったことについての詳細な描写から、詩織さんが受けた混乱と衝撃がどれほど大きいものであったかがよく分かる。「レイプは魂の殺人である」という言葉は聞いたことがあり、そうなのだろうなぁと漠然と感じてはいたが、どれだけの苦痛・混乱・恐怖・屈辱をもたらすものかが、痛いほど伝わってくる。

この後の出来事も詩織さんを更に傷つけ、消耗させたようだ。まず病院にかかるとしても、自力で適切な病院を探さなければならない。更に被害について相談をする先を求めるには、自分でネット検索するなどして性暴力被害者支援組織を探さなければならない。詩織さんが探し当てたNPOからは、思うような支援が受けられない。警察では、同じ話を何度も繰り返すことが求められる。「よくある話だから事件として捜査するのは難しい」と言われる。男性捜査員が居並ぶなかで、人形を使ってレイプの状況を再現させられる。

マスコミに訴えることも考え複数のメディアに接触したが、情報は求められても記事として取り上げてはもらえない。「政府サイドが各メディアに対して報道自粛を求めている」と連絡してきたジャーナリストもいた。

レイプにより身も心も最大のダメージを受けている被害者がこのような扱いを受けることに、大きな衝撃を覚える。更に詩織さんは記者会見を行ったことと本書を出版したことで、ひどいバッシングも受けている。加害者ではなく被害者を攻撃する人の多さに暗澹たる気持ちになる。「セカンドレイプ」とはよく言ったものだ。

国連薬物犯罪事務所の2013年のデータによると、レイプ事件の件数が最も多い国はスウェーデンとなっている。日本は87位だ。これは実際にスウェーデンにおけるレイプ事件数が多いことを示すものではない。この統計は実際の発生率ではなく警察に届けだされたレイプ事件をもとに作成されているため、被害届を出しやすい環境が整っているスウェーデンの件数が多くなる。スウェーデンの実態を知るために、詩織さんはストックホルムにあるレイプ支援センターを訪れる。被害者の心と体の傷に配慮した治療が受けられ、警察への届け出も行い易い社会の体制があることを知り、日本にも早くこのような施設が設置されることを望むと記している。

本書でも紹介されているが、NHKの「あさイチ」が行った調査で、「『性行為の同意があった』と思われても仕方がないと思われるもの」として「二人きりでの食事」は11%、「二人きりで飲酒」については27%の人が挙げている。二人きりで食事をしたら10人にひとりが、二人きりでお酒を飲んだら実に4人にひとりが「それならその気があったと言われてもしょうがない。」と思っていることになる。これは驚きの結果だ。私自身、転職活動の際に転職先の男性課長と飲酒を伴う食事をしたことがある。このような機会は仕事をしている女性にはさほど珍しいことではないと思っていた。調査結果によると、私はその課長と性行為の合意をしたと取られても仕方がないと思われてしまうのか。とんでもないと思うのだが。

詩織さんが日本外国特派員協会で記者会見を開いたため、米ニューヨーク・タイムズ、英BBC、仏フィガロ紙など海外一流メディアが、「官邸御用ジャーナリストによる準強姦、逮捕もみ消し疑惑」という内容をトップ記事として取り上げた。そこでは本事件の特異性および日本におけるレイプ被害者の泣き寝入り、事件として取り上げられてもそれを立件する難しさが描かれている。

本書「ブラックボックス」は、読み進めるのがつらい本ではあるが、ひとりでも多くの人に読んでもらいたいと思う。レイプについての誤った認識が変わり、「性犯罪は断じて許されない」ということが社会の共通認識になってほしいと思う。そして、被害者が被害者として正しい救済がなされる社会になってほしいと思う。

詩織さんは現在山口氏に対し民事訴訟を起こし裁判中と聞いている。詩織さんの訴えが受け入れられることを祈っている。また、逮捕取りやめの不可解な経緯についても明らかになることを願っている。

著者紹介

梶野 紀子(Kajino, Noriko)

出版社を経て大手企業に勤務。1997年から2年間米国赴任。現在は専業主婦で趣味は読書と茶道。



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