イタリア北部ビザンチン~ルネサンス美術探訪 井上 亜矢子(Inoue, Ayako) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

VIEWS

旅・ギャラリー

イタリア北部ビザンチン~ルネサンス美術探訪:VIEWS 2018年春号(第53号)掲載

井上 亜矢子(Inoue, Ayako)

ラヴェンナ「ネオニアーノ礼拝堂」の天井モザイク画
ラヴェンナ「ネオニアーノ礼拝堂」の天井モザイク画

私は学生時代から美術館に行くのが好きだった。スペイン在住中も、機会を見つけては色々な国の美術館を巡った。しかし、欧州の美術館に行き中世やルネサンス期の作品を見るたびに、美しいと感じることはできても理解できないことも多かった。本当に作品を味わうためには、各国の歴史や時代背景、彼らが信じ伝えたいと思ったキリスト教を多少なりとも学ばなければと思うようになった。

そこで、スペインから帰国後、NHK文化教室の「西洋美術史クラス」に通い始めるようになりすでに10年となる。毎月2回、高校時代の友人と一緒に楽しみに通っている。クラスでは多摩美術大学教授のM先生が、ギリシア・ローマ美術に始まり、ビザンチン・中世美術~ルネサンス美術~バロック初期までを、我々素人の中高年生徒を相手に、絵画や壁画のスライドを映しながらわかりやすく解説して下さる。 

そうやって授業で学んだ各地のオリジナル壁画や絵画を巡りたいと長年思っていたが、ようやく昨年10月にイタリア北部旅行が実現した。ボローニャに入り、列車移動で、ラヴェンナ~パドヴァ~ヴェネチアを巡る9日間の旅である。

美食の町ボローニャ

初日夜に日本からロンドン経由でボローニャ到着。空港での待ち時間も入れると、16時間の長旅でかなり疲れた。翌日は市内の『旧ボローニャ大学の人体解剖室』や大聖堂などを観光。ボローニャは美食の町としても有名で、旧市街にはワインやチーズ、生ハム、生パスタなどが並ぶグルメショップが多数あり、眺めているだけで楽しかった。

ボローニャ市内のグルメショップ
ボローニャ市内のグルメショップ

残照の古都ラヴェンナ

ラヴェンナは、今では静かな田舎町であるが、かつて東ローマ帝国の首都として隆盛を誇った町でビザンチン美術の宝庫である。『サンタポリナーレ・イン・クラッセ教会』は、町中心からタクシーで15分ほど離れており、なぜこんな所に突然教会が?と思えば、当時はすぐ前が軍港だったとか。1000年以上たった現在は、堆積土の平原にぽつんと佇んでいる。その風景と教会後陣ドームの牧歌的なモザイクが調和して温かい感動を覚えた。

ラヴェンナ。サンタポリナーレ・イン・クラッセ教会
ラヴェンナ。サンタポリナーレ・イン・クラッセ教会

『サンタポリナーレ・ヌォヴォ教会』も初期キリスト教建築として有名である。教会内部は、上下三層に分かれ、キリストの奇跡と受難をモザイクで描き圧巻である。

この日は「Notte D’Oro」(黄金の夜)のお祭で、夕方からたくさんの人が中央広場に集まりにぎわっていた。そのそばの中世の佇まいのレストランで、「今夜はこのメニューしかない!」と不思議な名物料理を食したが、美味しくないイタリア料理は初めての体験だった。

翌日は今回の旅のメインテーマの一つ『サン・ヴィターレ聖堂』と、隣の『ガッラ・プラキディア廟堂』へ。どちらも5~6世紀の美しいモザイク画で埋め尽くされ、特に後陣ドームの『キリストの再臨』は見事で感動した。

ラヴェンナのサンヴィターレ聖堂にある「キリスト再臨」
ラヴェンナのサンヴィターレ聖堂にある「キリスト再臨」

新しい大聖堂のすぐ側には、八角形の小さな古い『ネオ二アーノ礼拝堂』がある。5世紀末の内部のモザイクが美しく私の一番のお気に入りで、それらをじっくり眺めながら、しばし現実を忘れるひと時であった。

最古の大学町パドヴァ

『サンタントニオ聖堂』は、町の守護聖人の聖アントニオを祀った巨大な教会。広場には、ドナテッロ作の「ガッタメラータ将軍騎馬像」があり、夕日に照らされていた。途中、ガイドブックで有名な「カフェ・ペドロッキ」で名物ミントコーヒーを飲んだが、観光客でごった返し、サービス最悪、ぬるくて不味いコーヒーだった。

翌朝は、念願の『スクロヴェー二礼拝堂』見学。
事前予約必須、壁画保護のため見学時間は15分と制限されているため、クラスのノートを抱え、数々の壁画を見逃してはならぬと緊張していたが、内部に入るとまるで宝石箱の中にいるようで、ノートや解説は不要。聖母マリア伝~キリスト伝~最後の審判を描いたジョットの素晴らしい壁画に包まれる幸せを体感した。14世紀初めにスクロヴェーニ家によって献堂されたが、彼ら一族はこんなに美しい礼拝堂で祈ったのかと思うと、信者でない私でさえ天国を信じたくなった。この礼拝堂でのたった15分を過ごすだけでも、今回の旅に出た甲斐があったと思わせてくれる至福の時間であった。

パドヴァのスクロベーニ礼拝堂
パドヴァのスクロベーニ礼拝堂

沈みゆく迷宮ヴェネチア

パドヴァからは列車で30分足らずで、いよいよヴェネチアに到着。
22年ぶりのヴェネチアは、変わらぬ姿のまま運河が太陽にきらきら輝いていた。ヴェネチアは、運河と迷路のような道が入り組み、観光には徒歩か水上バスしかない。そのため、時間と体力節約のため、ホテルはサンマルコ広場側のBauer Hotelに滞在した。大運河沿いの5つ星ホテルで、小さいながらも快適だった。特に大運河に面したテラスでの朝食は、ゴンドラの上で朝の準備をするゴンドリエーレ達を眺めながら、あるいは対岸の『サルーテ教会』の美しいシルエットを眺めながら、ヴェネチアでしか味わえない時間を楽しんだ。

ベネチアの大運河
ベネチアの大運河

5日間のヴェネチア滞在中、訪れたかった教会や美術館は、『サンマルコ大聖堂』に始まり、16か所。単純計算なら、一日約3か所なので問題ないと思えたが、それぞれに見たい絵画、壁画が山ほどあり時間を惜しんで路地を歩き続けた。

短時間にあまりに沢山の絵画や壁画を鑑賞したため、時には消化不良気味になりながらも、中世の名もなきモザイク職人達やルネサンス期の巨匠達の、数百年経った今も色あせない芸術の数々に魅了され圧倒され続けた。

教会では、ゴシック建築の壁を覆う大作も多く、それらを描いた巨匠達のエネルギーに驚嘆し、またそれらを感嘆の眼差しで眺めたであろう当時の人々を思い、あるいはこの同じ路地をティツィアーノやティントレットも歩いたのだろうかと想像し、過去と現実を行ったり来たりしたような錯覚を覚えた。

中でも特に好きだったのは、ムラーノ島にある『サンティ・マリア・エ・ドナーテ聖堂』の金地に輝く後陣ドームに、すっくと一人立つモザイクのマリア像。その素朴さ、静けさは、見る者に現実を忘れさせ、内省を促しているように感じた。

ムラーノ島サンティ・マリア・エ・ドナーテ聖堂のマリア像
ムラーノ島サンティ・マリア・エ・ドナーテ聖堂のマリア像

また、『アカデミア美術館』では改装中で見られない絵も多かったが、私が楽しみにしていたベッリーニ作『双樹の聖母』は、思いのほか小さな作品ながらも本当に美しかった。かつてこれを所有していた人は、毎日この美しい聖母を眺め、何を祈ったのだろうか?吸い込まれるように美しい聖母を見ながら、神の声を聞いたのだろうか?

アカデミア美術館双樹の聖母
アカデミア美術館双樹の聖母

夜になると、ヴェネチアのレストランを巡り、イタリアのシーフード料理を堪能した。薄暗い路地の向こうにかすかにネオンが見えるレストラン。「本当にここでいいのかしら?」とドアを開けると、ここなら絶対美味しい!と確信できる匂いや人々の団欒の声。その中を飛ぶように行き交うウエイター達。胃袋が一つなのが残念だったほど美味だった。ホテルへの帰り道で、運河の向こう側にライトアップされた教会やかつての貴族の館などを眺めながら、こんな小さな島が世界中の人々を何百年も魅了し続ける理由がわかった気がして、私もますます魅了された。

今回残念だったのは、ヴェネチア最終日に私が熱を出してダウンして、『サン・ジョルジョ・マッジョーレ島』に行けなかったこと。連日歩き回り、多分自分では気付かないうちに疲労が溜まっていたのだろう。

『サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会』の絵画はもちろんだが、鐘楼の上から対岸の『サンマルコ広場』と『ドゥッカ―レ宮殿』を眺めるのを楽しみにしていたのに。かつてヴェネチア商船や艦隊がようやく海外から帰国したとき眺めたのと同じ風景。彼らの感動を想像しながら、私も眺めてみたかったのだ。

サンジョルジョ・マッジョーレ島
サンジョルジョ・マッジョーレ島

いつかまた、訪れるチャンスはあるだろうか? 旅の神様に祈りながら、去りがたい思いで帰路についた。

著者紹介

井上 亜矢子(Inoue, Ayako)

東京都出身。成蹊大学英米文学科卒業。IBMアジア・パシフィック・グループにて米国人役員秘書として勤務後、夫のスペイン・バルセロナ駐在に同行し、1991年から通算11年在住。現地では、欧米・アジア・中南米など20数カ国の女性達からなるBarcelona Womens' Nertworkに在籍し、文化交流と慈善活動に参加。会員に草月流生け花を教えるかたわら、在バルセロナ米総領事館のフラワーアレンジ担当。現在は東京に戻り、自宅でフラワーアレンジとシャドーボックス教室Studio Feliz主宰。



お知らせ

2018/05/01
VIEWS 2018年春号を公開しました。
2018/02/01
VIEWS 2018年冬号を公開しました。
2017/11/01
VIEWS 2017年秋号を公開しました。
2017/08/01
VIEWS 2017年夏号を公開しました。
2017/05/01
VIEWS 2017年春号を公開しました。
2017/02/01
VIEWS 2017年冬号を公開しました。
2016/11/06
VIEWS 2016年秋号を公開しました。
2016/08/06
VIEWS 2016年夏号を公開しました。
2016/05/01
VIEWS 2016年春号を公開しました。
2016/01/30
VIEWS 2016年冬号を公開しました。
2015/11/01
VIEWS 2015年秋号を公開しました。
2015/07/26
VIEWS 2015年夏号を公開しました。
2015/04/26
VIEWS 2015年春号を公開しました。
2015/01/04
VIEWS 2015年冬号を公開しました。
2014/10/09
VIEWS 2014年秋号を公開しました。
2014/07/18
VIEWS 2014年夏号を公開しました。
2014/4/21
VIEWS 2014年春号を公開しました。
2014/1/23
VIEWS 2014年冬号を公開しました。
2013/10/08
VIEWS 2013年秋号を公開しました。
2013/07/08
VIEWS 2013年夏号を公開しました。
2013/04/08
VIEWS 2013年春号を公開しました。
2013/01/09
VIEWS 2013年冬号を公開しました。
2012/10/15
VIEWS 2012年秋号を公開しました。
2012/07/09
VIEWS 2012年夏号を公開しました。
2012/04/09
VIEWS 2012年春号を公開しました。
2012/01/17
VIEWS 2012年冬号を公開しました。
2011/10/12
VIEWS 2011年秋号を公開しました。
2011/10/12
VIEWSバックナンバーを追加しました。
2011/07/12
VIEWS 2011年夏号を公開しました。
2011/04/06
VIEWS 2011年春号を公開しました。
2011/01/11
VIEWS 2011年冬号を公開しました。
2011/01/11
VIEWSバックナンバーを追加しました。

更新履歴

2018/05/01
VIEWS 2018年春号を公開しました。
2018/02/01
VIEWS 2018年冬号を公開しました。
2017/11/01
VIEWS 2017年秋号を公開しました。
2017/08/01
VIEWS 2017年夏号を公開しました。
2017/05/01
VIEWS 2017年春号を公開しました。
2017/02/01
VIEWS 2017年冬号を公開しました。
2016/11/08
VIEWS 2016年秋号を公開しました。
2016/08/08
VIEWS 2016年夏号を公開しました。
2016/04/20
VIEWS 2016年春号を公開しました。
2016/02/01
VIEWS 2016年冬号を公開しました。
2015/11/01
VIEWS 2015年秋号を公開しました。
2015/07/26
VIEWS 2015年夏号を公開しました。
2015/04/12
VIEWS 2015年春号を公開しました。
2015/01/04
VIEWS 2015年冬号を公開しました。
2014/10/09
VIEWS 2014年秋号を公開しました。
2014/07/18
VIEWS 2014年夏号を公開しました。
2014/4/21
VIEWS 2014年春号を公開しました。
2014/1/23
VIEWS 2014年冬号を公開しました。
2013/10/08
VIEWS 2013年秋号を公開しました。
2013/07/08
VIEWS 2013年夏号を公開しました。
2013/04/08
VIEWS 2013年春号を公開しました。
2013/01/09
VIEWS 2013年冬号を公開しました。
2012/4/9
VIEWS 2012年春号を公開しました。
2011/10/12
VIEWS 2011年秋号を公開しました。
2011/10/12
VIEWSバックナンバーを追加しました。
2010/12/22
VIEWSバックナンバーを追加しました。
2010/10/14
VIEWS 2010年秋号を公開しました。
2010/10/10
Webサイトをリニューアルしました。

バックナンバー

2018年
2018年春号(第53号)
2018年冬号(第52号)
2017年
2017年秋号(第51号)
2017年夏号(第50号)
2017年春号(第49号)
2017年冬号(第48号)
2016年
2016年秋号(第47号)
2016年夏号(第46号)
2016年春号(第45号)
2016年冬号(第44号)
2015年
2015年秋号(第43号)
2015年夏号(第42号)
2015年春号(第41号)
2015年冬号(第40号)
2014年
2014年秋号(第39号)
2014年夏号(第38号)
2014年春号(第37号)
2014年冬号(第36号)
2013年
2013年秋号(第35号)
2013年夏号(第34号)
2013年春号(第33号)
2013年冬号(第32号)
2012年
2012年秋号(第31号)
2012年夏号(第30号)
2012年春号(第29号)
2012年冬号(第28号)
2011年
2011年秋号(第27号)
2011年夏号(第26号)
2011年春号(第25号)
2011年冬号(第24号)
2010年
2010年秋号(第23号)
2010年夏号(第22号)
2010年春号(第21号)
2010年冬号(第20号)
2009年
2009年秋号(第19号)
2009年夏号(第18号)
2009年春号(第17号)
2009年冬号(第16号)
2008年
2008年秋号(第15号)
2008年夏号(第14号)
2008年春号(第13号)
2008年冬号(第12号)
2007年
2007年秋号(第11号)
2007年夏号(第10号)
2007年春号(第09号)
2007年冬号(第08号)
2006年
2006年秋号(第07号)
2006年夏号(第06号)
2006年春号(第05号)
2006年冬号(第04号)
2005年
2005年秋号(第03号)
2005年夏号(第02号)
2005年春号(第01号)
これまでの特集
移民として生きる
持たない生活
マイアート
海外で第二次世界大戦の歴史に直面する時
トランプのアメリカ
女性と政治
ファミリー・ネームから考える家族関係
シングル・マザー
日本と海外の子育て事情
非営利団体(NPO)で働く
国際機関で働く
マイブーム ~ 私がいま夢中になっていること
世界の新年の祝い方
Eデート体験記
サッカーへの熱い想い
世界に散らばる家族
語学習得への道
40代の過ごし方
日本にいる高齢の親を想う
ソーシャル・メディア
留学の意義を再び考える
復興へ
離婚
地震
高齢になったら
ボランティア
各国出産体験記
受験事情あれこれ
医療保険
新しい日米関係
食を考える
身近に感じる経済不況
異文化の架け橋
女性の社会進出
NPO
2008年大統領選挙
ワシントニアンが伝授する知られざるDCの楽しみ方
環境:私たちにとっての地球
芸術
国際協力
医療
教育への思い
私の夏
戦後60周年特別企画II
戦後60周年特別企画I
ワシントンと私
連載一覧
ワシントンと私
人・マイライフ
世界の街から
世界の家庭料理
家族の風景
私の本棚
旅・ギャラリー
特別寄稿
随筆