移民を考える:多国籍の選択 上野 真城子(Ueno, Makiko) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

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特集 移民として生きる

移民を考える:多国籍の選択:VIEWS 2018年春号(第53号)掲載

上野 真城子(Ueno, Makiko)


市民権(シチズンシップの取得)ということ

ワシントンDCに滞在中だった今年2月、NPRのニュースが、西海岸の都市で市民権を得る数百人の宣誓式の模様を報道していました。「アメリカ・ファースト」の時代でも、今なお米国人となりたいというひとびとが後を絶たないことはアメリカの強さであると思いました。

私は十数年前、娘とともにボルチモアの移民局の閑散とした集会場で、米国市民権を取りました。雪の舞う寒い日で、朝からのインタビュー試験から延々と待たされて、午後3時に宣誓式がありました。27か国出身の32人ほどの人々とともに「忠誠の誓い」を詠唱し、市民証書を受け取り、当時のブッシュ大統領が「Welcome!」といって、なにやらしゃべるビデオをふるえながら聞いていました。うれしかったのは翌日、市民権を取ったと告げたとき、オフィスの所長が、「よかったね、あなたのような人がアメリカには必要なのだから。」と抱擁して喜んでくれた時です。そして職場の同僚はもとより、コミュニティーの隣人も祝ってくれました。この国は、移民を受け入れることを基本的に喜ぶ国なのだと実感しました。

市民権を得るには、いくつかの条件があります。もっとも一般的な条件としては、少なくとも18歳以上であること、合法的な永住者(グリーンカードの保持者)で、少なくとも5年以上米国に居住し、実際に最低30か月は米国にいたことを証明し、よい道徳をもつ者であること、英語を話し、読み、書き、理解すること、米国の政府と歴史の知識を持つことです(Civic市民試験があります)。申請書類は20ページほどで、自分自身と家族について、雇用歴、犯罪歴、共産主義者でないこと、独裁を支持するグループやテロリスト集団に加わっていないこと、1933年から1945年の間に、いかなるナチス・ドイツ関連のグループに関与していないこと、公的でない民兵組織に入っていないこと、銃の売買に関わらないことなどに詳細に答える必要があります。基本的には自分で記入しなければなりませんが、はるかに効率的なので、専門の弁護士を雇いました。申請自体には当時は680ドルほど支払いました。

毎年米国全体で70万から75万人、過去10年ほどでは740万人が帰化し、米国市民となったとのことです。ちなみに米国の合法的移民人口は年間百万人ほど、難民の受け入れ数はこのところ5万人前後です。

私がなぜ市民権を持つことにしたかといえば、単純には、米国で働き、世界に旅するのに、米国旅券が(一般的には)容易であること、深い関心を持ち続けていた米国の民主主義に関与したいと思ったこと、そして、米国に持つ資産を失わないためです。日本人としての教育と経験が少ない娘には、米国人として職を得る方が適切と思いました。実際今、米国で働き自活する娘は、特に現政権下では、市民権があるほうがよいことは確かです。しかし一方、今後日本で生きようとした場合に、日本国籍に戻さざるを得ないのか、米国籍を捨てなければならないのか、状況の判断に悩むことになります。

米国市民とは何か:帰化試験

米国の市民になるということは、家族を連れてくることができる、米国旅券で旅行できる、政府職に応募できる、投票権を持つ、被選挙人になれる(ただし大統領だけは生まれた時点で米国籍を持っていなければなりません)ことを意味します。宣誓は、憲法と法を守り、必要とあれば武装して国を守ること、選挙登録し投票すること、自分の声が聞かれるようにし、民主的な過程に参加することを誓うものです。

市民権を取る過程で、帰化のための試験: Civicsがあります。その内容は政府と歴史、米国の民主主義の原則、1800年代、近代米国史と他の重要な歴史情報、地理、シンボル(国旗、国歌)、休日といった項目にわたって、100の質問があり、そのうちの10題が出ます。合格には6題に正解しなくてはいけません。簡単ではありますが、米国市民として最低限、何を理解していなければならないかを知ることができます。私はすべての米国人もこれを受けたらいいと思ったものです。トランプ大統領も受けたほうがいいのではないでしょうか。そのほか、英語での読み書き、理解ができることが試されます。名前が書ける読めるなどです。日本人であれば、中学校の教育があれば十分なことですが、多くの移民にとっては必ずしも容易ではないでしょう。

多国籍者ということ

私はいま、米国と日本の間を行き来して暮らしています。米国市民として納税、選挙義務を果たしていますが、日本での身分は永住許可によります。日本では住民票を持ち、税金を取られ、就労は自由ですが、選挙権、被選挙権はありません。今の日本の法律では、米国市民権の取得は、日本国籍からの離脱となります。日本の戸籍上、世帯の婚姻関係は変わりませんが、米国籍取得による戸籍離脱となっています。すなわち私は日本人としての戸籍はありません。近い将来、私の相続等がどのような日本と米国の法律によって決まってくるのか、ひそかに心配してはいますが、これまでのように、その場その場の知恵で動くより仕方ないでしょう。

でも私は日本の方向性として、これからの日本人は、多くの欧米諸国が認めているように、二重国籍、多国籍人であっていいと思っています。日本が多国籍を認めようとしない理由は、歴史的な背景によると思われますが、困難を承知で、国を開いていくこと、移民を認めていくこと、帰化を容易にしていくことが、日本の少子化人口減へのひとつの対応策であるでしょう。さらにはこれからのグローバルな世界では、多国籍市民が一国ナショナリズムを超えて、国家間の安全と国際平和への貢献ができるはずです。これが、私の、日本と米国というふたつの「国」との関りの変遷を通じて得た信念です。

                           

著者紹介

上野 真城子(Ueno, Makiko)

アジア都市コミュニティー研究センター(UCRCA: http://www.ucrca.org) 代表。日本女子大卒、東京大学大学院修了、工学博士。1級建築士。元関西学院大学大学院大阪大学公共政策大学院教授。元アーバン・インスティテュート、 リサーチアソシエート。WJWN設立、Japanese Americans' Care Fund設立。政策産業、政策研究・分析評価の振興をめざす。



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