イタリア・コーヒー文化事情 アヴェシリヤ 絵里(Avecilla, Eri) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

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世界の家庭料理

イタリア・コーヒー文化事情:VIEWS 2019年冬号(第56号)掲載

アヴェシリヤ 絵里(Avecilla, Eri)

まるでコーヒー工場のような雰囲気のStarbucks Reserve Roastery Milano 
まるでコーヒー工場のような雰囲気のStarbucks Reserve Roastery Milano 

コーヒー好きなイタリア人

イタリア第二の都市ミラノに暮らして2年半が経つ。ミラノはファッションと商業ばかりでなく、コーヒー文化の街としても知られているが、ミラネーゼに限らずイタリア人は本当に頻繁にコーヒーを飲む。朝出勤前に一杯、午前10時半頃の休憩で一杯、昼食後にまた一杯、と、毎日目にする光景だ。夕食後に一杯ということもある。そんなにカフェインをとって大丈夫なのか?という声が聞こえてきそうだが、統計を見れば一人当たりのコーヒー消費量は年間5.8キロ、世界13位で、1位のフィンランドの12キロに比べれば驚くほどの数字ではない。イタリア人のコーヒーの飲み方は、日本人やアメリカ人とは少々異なるからだ。

イタリアでは通常「カフェ」(もしくはカフェ・ノルマレ)と言えばエスプレッソのこと。コーヒー=(イコール)エスプレッソなのだ。どんな飲食店にも必ず立派な大型エスプレッソマシンがどっしりと構えている。不似合いに見えるのだが、近所の中華料理店や和食の店でも駅の構内のバールでもそれは同様だ。それもそのはず、世界初の業務用エスプレッソマシンを発明したのはミラノのBezzera(ベッツェーラ)社だ。時は1900年代初頭のこと。コーヒー豆や関連製品を扱うメーカー(後にIllyイリー社となる)によってセミオートマチック・エスプレッソマシンが開発され、エスプレッソの香りや美味しさが人気を呼び、広く普及したそうだ。しかし歴史を紐解くと、エスプレッソの起源はトルコ・コーヒーにたどり着くそうで、トルコ・コーヒーとエスプレッソの淹れ方は殆ど同じだそうだ。(起源・歴史については、イタリア家電メーカーDe'Longhiデロンギ社のホームページを参照した。)

時間帯によってコーヒーを飲み分ける

Princi Milanoの店内
Princi Milanoの店内

エスプレッソは濃厚とはいえ通常小さなデミタスカップに一杯なので、一回に飲む量は大したことはない。ほとんどのイタリア人は常にこのエスプレッソに砂糖を入れて飲むか、1日の中でエスプレッソベースのコーヒーを飲み分けているようだ。エスプレッソベースのコーヒーの種類はミルクの量で決まる。朝はエスプレッソの他、カプチーノかラッテ・マッキアート(カフェラテのこと)とクロワッサンや甘いデニッシュで始まる。午前中のコーヒーブレーク以降は朝に飲むミルクがたっぷり入ったコーヒーは飲まず、エスプレッソかカフェ・マッキアートというエスプレッソに熱い蒸気で泡立てたミルクを少しだけ注いだものを飲む。(スターバックスのカフェ・マキアートとは全く異なる飲物なのでお間違えのない様に。)そしてディナーの後は、エスプレッソとグラッパなど少量の食後酒を混ぜたカフェ・コレットで締める人も多い。食後酒は消化促進効果があるからだろう。なぜカプチーノやラッテを昼間に飲まないのかイタリア人に尋ねたところ、朝はいいけれどコーヒーブレークには重すぎて向かないとのこと。お昼頃にラッテなどを注文する人を見かけたら、大抵外国人観光客だと思って間違いない。ただし、午後のおやつにケーキなどと一緒にカプチーノを飲む買い物帰りらしき御婦人たちを時々見かけるので、おやつの時は例外なのだろう。ちなみにイタリア語でマッキアート=macchiatoとはシミのついたという意味なので、直訳すればラッテ・マッキアートはエスプレッソのシミのついたミルク、カッフェ・マッキアートはミルクのシミがついたエスプレッソ、と何とも面白い表現である。

イタリア人の生活の一部である「バール」

私の行きつけのパニーニ屋さんのバール
私の行きつけのパニーニ屋さんのバール

イタリア人はコーヒーをどこで飲むのか?それはイタリア人の日常から切っても切り離せない「バール(Bar)」である。このバール、日本やアメリカには存在しないタイプの飲食店なので上手い訳語が見つからないので、ここではあえてバールと呼ぶことにしよう。バール(バー)と言えば日本人は酒場を連想するが、そうではない。コーヒーやクロワッサンなどの朝食、サンドイッチやミニピザなどの軽食、夕方のアペリティフ用にワインなどを置く所もあるので、喫茶店兼バー的機能がある。バール・レストランと言うレストラン併設の店、また多くのベイカリー、製菓/ケーキ屋、パニーニ(サンドイッチ)屋さんもバールの機能を持つ。また、イタリアにはコンビニエンス・ストアがない代わりに、タバッキ=Tabacchiというタバコ/雑貨屋が、タバコの他、地下鉄やバスの切符、宝くじ、スナック類などを売ってコンビニ的役割を果たしていてとても便利で、バール兼タバッキという店も少なくない。

バール機能もある地元ベーカリーPrinci Milano
バール機能もある地元ベーカリーPrinci Milano

店の経営形態は多少違っても、どこにも共通するのは必ずカウンター(止まり木)があること。バールはイタリアの街のあちこちにあり、誰しもが自宅や職場のそばに行きつけのバールがある。そのカウンターでサクッとコーヒーを立ち飲みするのがイタリア流。朝の出勤前はバリスタと言葉を交わし、ブレイクには友人や同僚たちとのコミュニケーションを図る。まさに毎日の生活に深く根付いた習慣なのである。そして魅力はエスプレッソ一杯平均1ユーロ、カフェ・ラッテなどでも2ユーロ以下という料金設定にある。

Princi Milanoの店内
Princi Milanoの店内

イタリアのバールで飲むエスプレッソのコーヒー豆は決して高級ではない、と言われる。イタリア人はカウンター越しに短時間で飲むコーヒーにグルメ豆を求めていないのだろう。バールでドリップ・コーヒーやアメリカンを注文する人はほとんどいないし、きっと日本の喫茶店やグルメコーヒー店のように美味しくはないだろう。とはいえ、私はイタリア国内どこでも、高速道路のサービスエリアのバールであってさえも、エスプレッソは美味しいと思う。小さなデミタスカップの中にコーヒー豆の成分がギュッと濃縮されクリーミーとも言えるエスプレッソを止まり木で一気に飲み干す醍醐味はイタリアでしか味わえないだろうなぁ、と感慨に耽る。

老舗ブランド2社がカフェ事業に参入

モード地区にある建物の中庭にオープン<br />したIlly Café
モード地区にある建物の中庭にオープン
したIlly Café

それでも近年では、カウンターだけではなく、ゆっくり座っておしゃべりしながら美味しいコーヒーを味わいたい、というコーヒーを飲むことが目的のおしゃれな空間、日本の喫茶店やカフェにも似た「カフェ」が台頭してきたのも事実だ。ミラノでは小規模なグルメコーヒー店も数店舗オープンしたが、興味深いのは競合する二大老舗コーヒー関連商品ブランド Illyイリー社(前出)と Lavazzaラヴァツァ社が、ブランド直営のカフェを展開し始めたことだ。元来両社ともに良質の豆を一般消費者向けに販売、バールやカフェなどにも卸しているが、揃ってカフェ事業にも進出したことは、イタリア人のライフスタイルや価値観、嗜好が多様化して来たことを意味するのだろう。

Illy Café 店内
Illy Café 店内

Illy Café の天井から吊るされている飾りは オリジナルデミタスカップ
Illy Café の天井から吊るされている飾りは オリジナルデミタスカップ

スターバックス、満を持して高級店舗でミラノ・デビュー

ミラノはスターバックスにとっては特別な場所だ
ミラノはスターバックスにとっては特別な場所だ

ミラノでの最近のニュースは、スターバックス(以下スタバと表記)の進出だろう。スタバは昨年9月、ミラノにイタリア初の店を出した。通常の店舗ではなく、「スターバックス・リザーブ・ロースタリー」という世界で三店舗しかない高級店だ。本社のあるシアトルと上海に続く三店舗目がミラノで、12月にはニューヨークに四店目がオープン、今年中に東京とシカゴにもオープン予定、店内では豆の焙煎からパッキングまでコーヒー豆の全ての工程を見ることが出来る、というアップスケールなコンセプト店舗だ。スタバで長年会長を務めてきたハワード・シュルツ氏は、1983年に訪れたミラノで目にしたコーヒー文化にインスピレーションを得て、その後育てていくスタバ像が直感的に描けたのだそうだ。彼にとってミラノは特別な場所。イタリア市場にはなかなか参入しなかったが、進出するなら絶対にイタリア一号店をミラノに、しかも高級バージョンのロースタリーを、と長年計画を温めていたという。私も大好きなミラノのベーカリーチェーンPrinciプリンチとコラボし、世界中のリザーブ・ロースタリーでプリンチ監修のパンや食べ物を提供したり、ミラノ店の内装もイタリアを意識したスタイリッシュな作りで見学するだけでも価値がある。リザーブ・ロースタリーはまさに、現在のスタバの原型とも言えるミラノのコーヒー文化に向けてのオマージュなのだ。

イタリアを意識したスタイリッシュな内装
イタリアを意識したスタイリッシュな内装

スタバがミラノに進出するニュースを耳にした友人(主にアメリカ人)からは「スタバがイタリアのコーヒー文化に根付いたバールやカフェに対抗するのは不可能、誰がわざわざスタバに行くのか」、「価格設定を下げないと競争は困難」、「街じゅうスタバだらけになりイタリアらしさを失ってしまうのが心配」――など否定的なコメントを貰った。彼らの懸念をよそに、スタバのリザーブ・ロースタリー、その一ヶ月後に二店舗オープンした通常のスタバ、全てオープン直後暫くは多くのイタリア人や観光客が詰めかけ長蛇の列だった。オープン時の盛況が落ち着いた今でも、店内は相変わらず混んでいる。

 Starbucks Reserve Roastery Milano
Starbucks Reserve Roastery Milano

私はオープン前からスタバは成功するだろうと予想していた。何故なら、スタバは一つのブランドであり、バールにはないゆっくりと座ってくつろげる空間を提供でき、クオリティの高い美味しいコーヒーが飲めるから。(通常店ではエスプレッソの料金はイタリア市場に合わせて低めに設定。)それでも地元のバールにとって脅威にはならないと思うし、スタバがイタリアのコーヒー産業を凌駕しスタバだらけの街になるなど想像も出来ない。バールとスタバは全く異なるもの。両者が共存しつつ生き残れると信じる。勿論スタバが米国をはじめ、世界中にエスプレッソ文化を普及させた貢献度はかなり大きい。しかし、シュルツ氏がインスピレーションを得たのは、エスプレッソ文化が長い年月を経て毎日の生活習慣に根付いている国、このイタリアなのだ。

意外だと思われるだろうが、イタリア人は伝統的で保守的だ。そうそう簡単に彼らのコーヒー文化が変わることはありえないだろう。

著者紹介

アヴェシリヤ 絵里(Avecilla, Eri)

東京都出身。大学卒業後数年間の社会人生活の後、留学のため渡米。15年前からはワシントンDCを拠点に海外を転々し、現在ミラノ(イタリア)在住。これまでハノイ(ベトナム)、ブエノスアイレス(アルゼンチン)、福岡、イスラマバード(パキスタン)に住んだ経験がある。



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