ある異文化家族の風景 〜異文化:常識が非常識に〜 阿武 直美(Anno, Naomi) - WJWN(Washington Japanese Women's Network)

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家族の風景

ある異文化家族の風景 〜異文化:常識が非常識に〜:VIEWS 2019年冬号(第56号)掲載

阿武 直美(Anno, Naomi)

結婚後4年毎に、チリ日系人の写真館で撮っていたチリ在住当時の家族写真
結婚後4年毎に、チリ日系人の写真館で撮っていたチリ在住当時の家族写真

山口県の田舎で、その土地の常識の中で育った私が、「ラテンの運命の人だ!」という熱い想いで外国人と結婚した。最初の二年間は彼の国チリで過ごした。男女平等を唱える戦後の日本教育を受けてきた私には、「男が女を守る」という夫の国の常識が不思議だった。彼は出張に行く時、幼い息子に母親を守るよう言い聞かせてから出かける。帰宅後も、ちゃんとねぎらう。それって、私に向けられる言葉じゃないのってよく思った。

チリから日本に移って、常識はずれなことをする夫のことを愚痴ったら、姉が私をこう諭した。「どんな事があっても、自分の国じゃない所に住んでる人は、それだけでえらいんよ」って。確かに、私は水の中の魚だけど、彼には砂漠の中だったかも。それから、11年後、夫も日本にオアシスを見つけた頃、私たちは再びチリに戻ることになった。そこで私は、変な人だと思ってた夫が、意外にも普通の人だったことに気づいた。やはり、国際結婚はお互いの国に住んでみないと本当の意味での相互理解はありえないと思うようになった。それから二年後、どちらの国でもない第三国、韓国へと向うことになった。

チリ 〜 子育ての「常識」

チリ生まれの長男は1才で日本に引っ越し、次男は日本で生まれた。日本で公立の小学校に通っていた息子たちは、日本語しか話せなかった。しかし、7年生と5年生でチリに帰国し、名ばかりのブリティッシュ・スクールに通いだした。授業はスペイン語で、英語を幼稚園から履修し、中学校からフランス語が始まるという過酷な環境に押し込まれた。

息子たちは日本では、よく挨拶し年寄りに優しいと評判の子供たちだったが、チリの男の子たちとはレベルが違った。チリ人の子供はやんちゃながら、遊びにきたら必ず、私のいるキッチンまでわざわざ挨拶しにくる。そして、何か自分にできることはないか、と申し出る。子供でありながら、大人の目をしっかり見て対等に話せる。息子や日本の子供たちがとても幼稚な気がした。

だが、次男はそこで当初いじめにあった。私は、「相手がいくら暴力ふるっても、同じレベルに成り下がるな。絶対、手をだすな。」と言い続けた。そして、いじめがひどくなるのを恐れて担任にも報告しなかった。ある日、遠足で渓谷に突き落とされそうになったと聞き、とうとう思い切って担任に相談した。担任は怒りに打ち震え出す。が、どうもその矛先はいじめっ子にではなく、私に向けられているのに気づいた。「日本ではどうか知りませんが、チリではやられたらやり返してもいいんです!」 それが、チリの常識だった。その後、無抵抗だった息子の反撃が始まった。すると、驚いたことに、彼は一躍人気者になった。

「父親のせいで」 から 「父親のおかげで」に

日本語しか話せなかった息子たちが、やっとチリでスペイン語に不自由を感じなくなった二年後、夫が韓国へ異動になった。息子たちはソウルのインターナショナル・スクールに転校し、英語で勉強することになった。この海外(第三国)での学校生活について、今でも二人の息子は兄弟がいたから乗り越えられた、と口を揃えて言う。少なくとも、もう一人この理不尽な状況に耐えているやつがいる、と踏ん張ることができたのだと。母親の私は何もしてあげられなかった。むしろ私の常識を押し付けて息子たちを翻弄した。ただ、しいて言えば、兄弟をつくってあげたということが、最高の贈り物だったかもしれない。

「父親のせいで」が口癖だった息子たち。習慣の違う異文化での並々ならぬ苦労を強いられた彼らは二人ともアメリカの大学へ進学し、それぞれ仕事と家庭を持ち、父親となった今、「父親のおかげで」とよく言うようになった。

異文化、習慣の違いについて

異文化、習慣の違いの中で、母親である私の常識に翻弄されながらも乗り越えてくれた二人の息子たちだが、私自身も異国に暮らしてみて初めて知ることが多々あった。1999年12月、ソウルに渡った私は韓国ドラマにはまった。ラテンのドラマも新鮮で楽しかったが、韓国ドラマは根底に流れる感性が日本人に通じるなと感じた。くしくもその後、韓ドラは日本で大ブームを巻き起こす。ある日、韓国語もわからないまま見ていた感動のドラマ。さぞ、すばらしい監督や脚本家だろうと見ていたが、クライマックスで天涯孤独な主人公が大切な人と決別した直後、コンビニに立ち寄りインスタントのわかめスープを買って家で飲むシーンがあった。あまりにも陳腐で冗長なシーンに、折角のクライマックスも台無しではないか、と失望した。翌日、韓国語の先生にその話をしたら、あれは、韓国中でうるうるしながらそのドラマを見ていたお母さんたちが、たまらず号泣し始めた大事なシーンだったという。その頃の私は、誕生日にお母さんが作ったわかめスープを飲むという韓国の習慣を全く知らなかった。

その話をチリに帰省した時、日本人の友人に話すと、彼女はため息をつきながらこんなエピソードを話してくれた。日本大使館が広報の一環で、日本が誇る名優高倉健主演の「鉄道員(ポッポや)」を上映していた。そこで、高倉健演じる主人公の鉄道員が、臨終間際の妻をおいて、列車の時間になると職務に戻るという場面で笑いが起こるという。日本では感動のシーンのはずなのだが、ここではコメディになる。ラテンの人には最愛の妻の臨終間際に仕事に行くなんて、ただの大馬鹿者でしかないのだ。

チリと韓国二カ国のみで暮らしただけでも、目が点になる習慣の違いに多々遭遇した。そんな自分が戸惑った経験も思い起こしながら、余談ではあるが、2020年東京オリンピックで世界中から常識の異なる人たちが東京に集うと、皆がどんな想像を超えた異文化体験をすることになるのだろうと思う。日本のお家芸「おもてなし」が繰り広げられるはずだが、ひとりよがりの「おもてなし」にならないといいなと祈るばかりである。

家族のあり方

ラテン系チリ人の夫を通して家族のあり方を学んだ。生活を共にし、食事を一緒にとる。当たり前に思えるが、日本では、それができない家族が多いはずだ。また、私は二人の息子の子育て中、特に思春期に、「くそばばー」と息子たちから呼ばれる日がいつ来るのだろうか、とハラハラしていたが、遂に来ないまま息子の思春期は終わった。子供が母親をぞんざいに扱うことなど、たとえ夫婦喧嘩中でも、夫が決して許さなかったからだろう。

夫の他界後、チリ人義母を囲んで撮影した家族写真。筆者は中央左。長男夫妻、次男夫妻とともに
夫の他界後、チリ人義母を囲んで撮影した家族写真。筆者は中央左。長男夫妻、次男夫妻とともに

その夫は、2006年に赴任先ソウルで肺癌を患い他界してしまった。が、彼の示してくれた「家族のあり方」やその精神は二人の息子たちに受け継がれていると信じている。その二人は、沖縄、シカゴにそれぞれ住み、家庭を持ち、親となった。みんなで同じ食卓を囲めるのは、もう年に1〜2回になってしまった。それでも、今の時代、インターネットのお蔭でさほど悲しくはない。ビデオ映像を見ながら、いつでも話ができる。我が家でも、毎週金曜日に沖縄ーソウルーシカゴを結んで家族会議を開いている。会議と言っても、時には互いに罵り合いながら愛情を確かめるという我が家の伝統。お嫁さんたちは、そんな「ラテンな家族」の風景に引いてしまうこともあるようだけれども。国によっても、家族によっても常識・習慣は違う。こうでなければならないということはない。互いに尊重し、楽しく暮らせたらそれでいい。

山口県田舎の実家に集合した長男一家と次男一家。孫の一男一女も一緒に。<br />(2018年現在、もう一人ちびちゃんが増えました)
山口県田舎の実家に集合した長男一家と次男一家。孫の一男一女も一緒に。
(2018年現在、もう一人ちびちゃんが増えました)

著者紹介

阿武 直美(Anno, Naomi)

日本語教師。広島大学教育学研究科修士課程終了。2006年、赴任先韓国にて夫が他界。2007年より、ソウルのインターナショナルスクールで日本語教師として教鞭を執り始め、現在に至る。山口県出身。



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